追悼市川崑   

かつて観た、昭和だった頃のドラマをDVDで改めて見直したりするとちょっとビックリするのは、例えばそれが当時夜9時台のオンエアであったにも関わらず、堂々とした"おっぱいポロリ"が何食わぬ顔であったりすることだ。

『時間ですよ』などはもう"おっぱいポロリ"の連打だ。ただ舞台設定が銭湯であるからこの"ポロリ"はむしろ必然で、実際毎回観られる"ポロリ"はほとんど背景扱いだったりしてエロスのかけらもなかったりするのだが、不自然極まりなく"ポロリ"することでとみに有名なのは、天知茂の江戸川乱歩シリーズだった。
この2時間ドラマでは、ダイバースーツの女が何者かにモリかなんかで胸を一突きにされて殺されてしまうと、駆け寄る天知茂扮する正義の味方たる明智小五郎が、よもや!の、ダイバースーツのチャックをずりおろし、胸元をガバッとはだけ、いきなりの"おっぱいポロリ"なのだ。なぜそこで"おっぱいポロリ"なのだ。ビックリするとはまさにこのことで、まったく油断もすきもあったもんじゃない展開なのだが、さらに驚くべきは、この男、強引に"ポロリ"をしたというのに、はだけた胸はそのままに、真顔で「しっかりしろ!」なぞというのだ。お前がしっかりしろと私は言いたいし、無意味にはだけた胸は、度の過ぎた視聴者サービス以外のなにものでもない不条理な行動でしかないのだったが、この予定調和でないハプニング的ポロリにこそ、実は本来のあるべき"おっぱいポロリ"の姿があると思われるのだった。

いや、"おっぱいポロリ"講釈はいいだろう。こうして延々"おっぱいポロリ"話を導入にして私が言いたかったのは、昨今のテレビ界においてもはや絶滅状態にあるレッドデータ的"おっぱいポロリ"の保護および復活を声高に訴えたいからではなく、つまりかつてのテレビには、夜の9時以降は歴然と「大人の時間帯」という境界線が存在していた、ということなのだ。

今時の、視聴層の区分などまったくないテレビ業界からするとずいぶん隔世感のある話だが、昭和の、一家に一台しかテレビのない時代では、子供らがチャンネル権を行使できるのは8時台までで、9時以降の(小学生だった)私は、子供部屋へ退去させられるか、もしくは親の認可された番組だけ辛うじて観ることを許されるといった暗黙のルールがあった。ポロリに限らず、9時台のプログラムは、どれもこれも大人向けにつくられた内容の番組ばかりだったのだ。
(ちなみに前述の江戸川乱歩シリーズの頃には、うちにもテレビが2台あって、高校生になっていた私はだから堂々とポロリを観ることができた)

コメディーということと、当時子供に絶大な人気のあったマチャアキが出ていたからなのか、だから9時台の『時間ですよ』は観ることができた。
が、さらに夜も深まる10時台の番組ともなると、その境界線は頑強な壁となる。子供にとってはまさに未知の領域で、とはいえ「大人の時間帯」への好奇心がムクムクとわき起こる以前に、10時以降は単純に眠いからテレビが観られなかったというのが実情だったろうが、そんな時間帯で、9歳の私に、なぜか観ることが許されていたドラマがひとつだけあった。それが『木枯らし紋次郎』だった。

と、ようやく市川崑につながったところで、ひとまず、つづく。

by wtaiken | 2008-03-06 05:04 | なんでもベスト10

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