ウイルスは小さい   

先週あたりからどうも調子が悪いと思っていたら、日曜日に発熱した。のどや鼻に異変はなく、高熱とそして尋常ではない腹の下し具合。よもやと思った。

さて、私は以前東京ガスの仕事で、打ち合わせの席上「えー、御社東京電力さんの...」と、よりによってクライアントとその最大ライバル会社を言い間違える致命的なミスを犯したことがある。
その時の凍りついた空気を今でも私はハッキリと覚えている。プロダクションの面々と代理店の、声にはならない「あ。こいつとんでもない間違いしてもーた!」的な張りつめた空気、すぐさま場を取り繕うクライアントの優しい「同じような名前ですからね、そりゃ間違いますよ」の一言による列席者たちの弛緩。さらにスタッフサイドからは「あは。あはははは。」と無理くり場を和ませようとするつくり笑いが漏れたりしたが、そんな時の私は動揺も、一切の照れ笑いもしないのだ。かなりの悲壮感を漂わせ、沈着に「大変、失礼しました!」と深々陳謝したものだ。
クライアントの温情と、そんな私の真摯な振る舞いにその場は事なきをえたのだったが、なに実のところ私はこの手の似ているなにかとなにかを言い間違えることが度々あって、つまり私は日頃から「どうも自分は似ているなにかとなにかをついつい間違えてしまいがちだ」と腹が座ってい、こんな状況に慣れっこになっていただけのことで、だから別段動揺もしないし照れることもなかったのだ。
今にして思えば、この常日頃の自身の習癖をして「えへへ。いやあ、まちがっちゃいました。すいませえん」などと照れ隠しの軽い謝罪に歯止めをかけたともいえ、なるほど"言い間違い"は、いざというときのためにしておくものだ。

「言い間違えることなんてしょっちゅうさ。だって人間だもの。」
そもそもそういう認識があるからか、ついつい買ってしまった2冊、一般人の言い間違えたエピソードが編纂された『銀の言いまつがい』も『金の言いまつがい』も私にはさして笑えるものではなかった。だったら"電車の中"という、笑うに笑えない緊張感を強いられる空間で読んだなら、のんびり家で読むよりさぞかし可笑しくなるであろうと試してもみたのだが、効果はなかった。そのうち、人の言い間違った話をいちいち読むことがバカバカしく思え、さらに日々の細々した言い間違いのエピソードを「ほぼ日」に投稿している一般人にも呆れ、だいいちなんでこんな話を集めては本にして売っているのか出版業界に疑問を感じ、読了するまでつき合いきれずに途中で放ってしまった。
以前文庫本で読んだときは、も少し愉しく読めた記憶が脳裏をかすめ、すると今の私には心に愉しむ余裕がないのかと思ったりもした。

症状が良好へ向かう足がかりのないまま日々の仕事はつづく。かなり体調は優れないが、休むわけにはいかない。フリーランスの私に、演出の代行を務めるものなどいないからだ。ただ打ち合わせの列席をし、苦虫を噛みつぶし、なにを訊かれても「うむ」としか答えず、仕事後のお酒のつき合いもすっぱり断り一直線にうちに戻ってくる、そんな影武者の登用を考えなくもないが、それを捜し出すことの方が今の私には打ち合わせに出るよりおおごとだ。ゆくゆくは影武者代行も視野に入れつつ、とりあえずだるい身体をひきづっての打ち合わせは思いの外すんなりと終了をし、若干気持ちに余裕が生まれた私は、プロデューサーとCG担当の人とで一服をしに喫茶店に入ったのだった。
飲み物を注文したあと、私はすぐさま水をコップに汲んで席に着いた。風邪薬を飲まなければならないからだ。まあ薬くらい黙って勝手に飲めばいいものを、調子が悪いときはなにかと症状を他人に報告したくなるのが人の常で、
「いやあ、なんか昨日からガーッと熱が出ちゃって。しかもひどい下痢なんですよ。」と私は薬の封を切り、たて続けて、感染したんじゃないかと懸念していたその名を私は口にしてみたのだ。
「これって、あれじゃないすかね、ナノウイルス。ナノウイルスじゃねーかと思うんだよなー!」
ポカンとしているプロデューサーを尻目に、私は喫茶店に響きわたるかなりの大きな声で"ナノ"を連発してしまっていた。
「会田さん...ノロでしょ、ノロウイルス」

確かにウイルスは小さい。だからって"ノ"が含まれているだけのことで"ノロ"を"ナノ"と言い間違えたりはしないだろう、普通の人は。言い間違えのプロフェッショナルの私としても、これは風邪の体調によるものとしたい。
そして「なるほど」と膝を打ったのは、多くの一般人が「ほぼ日」にちまちました言い間違いのエピソードを投稿している気持ちであり、そのとき私はすかさず「お。恰好のブログネタ!」と思ったのだった。

ナノウイルス。これでさらに強烈にインプットされ、この冬私はまた平然と言い間違うこと必至だ。

※こんなこと書いてる場合じゃないくらい、まだ調子悪いんだけどね。みなさんご自愛ください。

by wtaiken | 2007-01-24 04:26 | ああ、監督人生 

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