クリスマスの奇跡   

11月の頃には、落ちた銀杏の実がつぶれて異臭を放っていた駅までのいちょう並木の舗道も、このところの寒さで最後の枯れ葉を一気に散らしては辺り一面黄金色に染めている。私に冬用の青いコートでもあったなら、さながら"その者、青い衣をまといて金色の野におりたつべし"ところを...。ま、別に混沌の世界を救うつもりはないからいいのだが。
その枯れ葉の多いところをあえて選んで自転車を走らせると、シャクシャク小気味よい音が通り過ぎた後ろから追いかけてくるのだ。「いやー、ニッポンは、いい国だなぁー」が久々に口から出たところで、さてこのところの私といえば、ロケハンをしたり、オーディションしたり、打ち合わせをしたり、撮影したり、編集したり、コンテ描いたり、言った言わないでもめたり、ついでに結石を出し、髭が伸び、ペットのジャンガリアン・ハムスターに好物の白菜を与えたりの毎日だ。
近年、師走はとみに忙しなく、12月1月に掛けては、VP仕事の増えている昨今めずらしくCM仕事の連打であって、なかなかどうして一端のCMディレクター風情である。
そんなわけでクリスマスも終わろうというこのご時世に、ひとつの忘年会にも参加できていない私なのだ。まあそもそもがさのみ酒飲みではないから忘年会などあろうとなかろうと端からどうでもいいのだったが、ただ仲間たちの盛り上がっている酒席に私がいないというのはいかがなものか。バカっ話に大いに花の咲く座に、見渡すと会田がいない。画竜点睛を欠くとはこのことだろう。だったら会田を呼ぼう、こうなるのもうなづける話で、編集室で仕事をしている私のケータイが鳴って、忘年会のお誘いだった。電話の向こうからは酔いどれた友のキャッキャウキーとばかりにはしゃいだ声がする。
「なにしてんのー?」
仕事だよ。仕事。
「ウヒャヒャヒャヒャ」
だいぶまわっているようで、面白いことなど一つも言っていないのに大ウケだ。
「今Yちゃんと飲んでんの。Yちゃんに変わるね」
「こにゃにゃちは! 会田さん?」
...あのな、こっちは仕事場なんだ、盛り場との温度差を考えてくれ。そんな"こにゃにゃちは!"なんて挨拶に乗っかって返せるわけがなかろう。
「こにゃにゃちは! 会田さんだよ!」
あー、元気よく乗っかっちったよ。編集室がシンと静まり返っているじゃないかぁ。
「今、N江と二人で飲んでるのよ。なにしてんの会田さん?」
だから仕事だっつの。し・ご・と。
「ウヒャヒャヒャヒャ」
お前らはバカか。なんか"仕事"がツボなのか。
「何時に終わんのよ」
知らねーよ。編集は、大概先が見えない仕事なんだ。
「終わったら来なよー」
終わんねーんだよ、なかなかこれが。いけないね。い・け・ま・せ・ん。
「じゃーねー」プチッ。
怒濤か、お前らは。
まあいいさ、飲めや唄えや。
さ。私は黙々と仕事に勤しむとしよう。あ、そこ3コマ切ってみて。

また別の日のことだ。
めずらしく仕事が早めに済んで、その日中に眠れると思っていた矢先の私のケータイがけたたましく鳴って、某Casaブルータス副編集長のマツバラからだった。
よお、某Casaブルータス副編集長のマツバラじゃないか。
「今、会田さんちの前にいるんスよぉ!」
なぜにだ。
訊けばこういうことだった。実は私のマンションの一階には、通に知られたイタリアンが店を構えていて、こないだCasaブルータスに紹介されたりなんかもし、その取材の流れからだろう、庶民の我々にはとても手のでないそのイタリアンで豪勢にも今夜は忘年会を催しているんだそうだ。何度か遊びに来たくせにまったくそうとは気づかず、会も終盤に差し掛かって、ちょっとした用事で電話をしに表に出たところでハタッと「あ。会田さんちだ」って思い至ったんだそうだ。まあマツバラらしいといえばマツバラらしいのだが、さて、親友であるところのマツバラが目と鼻の先にいるとすれば、よもや見知らぬ忘年会に飛び入り参加をするほどの厚顔さはなくとも、ちょっと表に駆けつけ言葉を交わすなり、終わったら「少し寄ってくか」くらいの言葉をかけるべきが人としての道なのかもしれないが、そんなことを今の私に求めることがどだい無理な話で、とにかく毎日疲れているし、せっかくのゆったり眠れるチャンスを誰にも邪魔されたくなかった。
「おお。おお。前か。マンションの前な。...ほお。なるほど」
それ以上の二の句を告げず、明らかに私の歓迎せざる対応をさしもの無頓着なマツバラとて察知したものか、話の継ぎ穂を失った態で、
「ええつと...。...それだけです。...じゃまた!」
まあ悪く思うな、友よ。私は死人同然なんだ、仲間たちとワイワイやってくれや。
さ。私は布団を被り、明日への英気を養うとするか。あ、そこ3コマ切ってみて。(寝言)

とまあこんな具合に、不義理を重ねるばかりのまったく年の瀬などあったもんじゃない私であったが、さすがに押し迫ってくると一本一本仕事が片づき、少しばかりの余裕が生じたところで、こうして久しぶりの更新を私は今小沢健二の『LIFE』を聴きながら書いている。
そうなのだ、毎年私は、クリスマスの夜には決まってオザケンの『LIFE』を夜通し聴くことにしている。んなわけはない。実はちょっとしたキッカケで、なんか懐かしく思われたからで、その"ちょっとしたキッカケ"とは、つまりこんなことであったのだ。

いくら好きなアルバムであろうと、それが例えばビーチ・ボーイズの『ペット・サウンド』であろうと一枚のアルバムを丸々全曲入れていることは希で、所蔵のうん百枚のCDから「これは持ち歩いて是非聴きたいものだ!」と厳選された好きな曲ばかりを現状730曲収録している私のiPodは、いうなれば自分にとっては捨て曲一切なしの、通して聴き続ければ48時間にもなろうという一大ベスト選曲ディスクとでもいうべきもので、通常私はこれをシャッフル機能で聴いている。このiPodが勝手にシャッフルしてくれる曲順は、たまさか「この曲のあとにこれを持ってくるかね!」といった意外な並びで攻めてくることがあって、例えばまだ収録曲数が今より少なかった頃、それでも数百曲がシャッフルされたその一番最後の曲に、オールディーズの名曲「END OF THE WORLD」の原田知世カヴァーヴァージョン(泣っ)がかかった時には、このあまりにも見事にトリをとらせた選曲に、それが地下鉄の混雑した車中であったにも関わらず、iPodに向かい「やりやがったな!」と声を挙げてしまったほどで、それは機械のくせになんだか"狙ってきた"としか思えないのだ。
この730曲をiPodのシャッフル機能で聴いた場合の順列組み合わせが、果たしてどれほどのことになるのか皆目検討もつかないし、どう積み上げるかは別にして、おそらく富士山のてっぺんどころか月にも届こうという数になるんだろうその中から、それがあたかも意志が介在するかのような、嘘のような曲順になったりして、心底私は驚いてしまった。

それはロケハンへと向かう京王線の車中のことだ。その日ももちろんシャッフル機能の、iPodから流れてきたのがCorneliusの最新アルバムからの一曲『Wataridori』で、それに続いたのが、なんと小沢健二の『おやすみなさい、子猫ちゃん』だったのだ!
って、ね。ま、ま、ね。これくらいことで動揺する私ではないよ、いくらなんでもね。「おう。そう来たか」くらいは思ったものの、シャッフルされればあるだろうよ、こんなこともさ。想定内、想定内。と余裕をかましていたところがだ、続いて流れてきたのが、フリッパーズ・ギター『Summer Beauty 1990』だったのよ、奥さん!
奇跡。や、マジで。
なにせコーネリアスが19曲、フリッパーズが15曲、オザケンに至ってはわずか5曲ばかりの、全体収録曲からするとたかだか0.05%の、この3曲の完璧な流れ。
天を降り仰ぐ、大のフリッパーズ・ギターファンだった私の目から一筋の涙が流れていたとしても、それは致し方のないことだろう。
そして思ったのだ。これは曲を聴かせることしか能のないiPodからの、せめてもの私へのクリスマスプレゼントなのでは、と。
ふと手元を見れば、どうよ顔のiPodだ。
そうだ、そうに違いないそうに決まった。人知の及ばぬところで、密やかに機械の進化が始まっているのだ。
感情を持ち始めた機械のはからい。お気に入りの曲の中で、いい塩梅においら見事に並べて聴かせてみせます的な心意気。やるものだ、私のiPodは。いったい今度はどんなサプライズ選曲で私を愉しませてくれるのだろうか。
しかし一度感情を持ってしまった機械の暴走は止まらない。持ち主のご機嫌を伺ってばかりのiPodでもなかろう。例えば、この次は聴きたくもない、しかも収録さえしていないコブクロなんかかけてきたりするかもしれない。コブクロの次はハマショーだ。さらに虎舞竜へと続いていく。今かかっているのは『ロード』第何章なんだ、いったい。

こうしていたずらする愉しさを知った機械は、やがて憎悪する感情さえ手に入れてしまうだろう。ボタン操作のぞんざいな私へ次第次第に怒りを募らせていくのだ。
悦びばかりかその対極にある憎しむ感情を手に入れてしまった機械は、果たして私へどんな仕打ちを仕掛けてくるのかまったく余談の許さないことになってくるわけだが、そこからがかなり長くなるので、機械の暴走その顛末は浦沢直樹の『プルートゥ』に詳しいのでそっちに譲りたいと思う。4巻も出たばっかだし。4巻ではいよいよあの人が登場するし。アトムがあんなことになっちゃうし。やっぱ面白れーなー『プルートゥ』はよ。

って、ちょっと今日はオチが強引だったかしらん。


追記。
今晩の編集作業が延期になったおかげで、『のだめ』最終回を観ることができましたよ。忙しくって、ここんとこ3週ばかり見逃していてたからね。
『亀は意外と速く泳ぐ』で上野樹里と共演済みの岩松了さんがお父さん! ついでにどうせならお母さんはビシバの布施絵里にして欲しかったなあ。
最終回のサービスなのか、千秋先輩の白目剥きが頻々と観られてよかったっす。上野樹里も剥いたし。まあ、とにかく全体的にホクホクとしたいいドラマでしたよ。のだめは可愛かったし、なにより千秋先輩の玉木宏はサイコーだったなー。涙ながらに指揮する姿は感動的にカッコよかったぞ。続編希望。

by wtaiken | 2006-12-25 23:33

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