虹男2   

うちにいるジャンガリアン・ハムスターがふかふかの綿にくるまって、真ん丸になって眠っている。夏場など砂浴び用の砂場で、いくら外敵がいないからったってずいぶんと気を許した態で仰向けにひっくり返り、死んでしまったかのようにのんびり腹部をさらして寝ていたりする。お腹を見せちゃっちゃーダメじゃないか、あんた。まったく暢気なものだ。そしてたまにピクリピクリと痙攣をし、口をモガモガさせるのだ。寝言か。まったくなにを考え、そしてどんな気持ちで眠っているのやら。彼にとっての眠りとはただただ深遠な暗闇ばかりで、本当に夢の世界はないんだろうか、などと思う。夢は人ばかりが見るものとされるが、いやいやどうして実は見てるんじゃないかね、動物たちも。そしてこいつも。だって最後に大きな痙攣のあと突如ハタッと飛び起きて、キョロキョロあたりを覚ましたばかりの細い目で見渡すのだもの。「やー、ビックリしたぁ!」と言いたげで、きっと天敵に食われそうにでもなった、よほど悪い夢でも見たんだろうよ。話が出来たなら、彼の見た夢でひとしきり笑えるものを。

先日、完璧な半円の、そして巨大で美しい虹が空に架かる夢を見た。私はこの手の、見上げると巨大ななにかが空を覆っているという夢を何度か見ている。曇天に向かい高く高く聳える漆黒の橋桁のさらにその先に、遙か上空見えるか見えないかの細い橋の一本線がどこまでもどこまでも果てしなく続いているのだ。その圧倒的な存在感は畏怖に似て、なにかこの世にとんでもないことが起きる予兆にも思え、私は極度に脅えるのだ。それがたとえ七色に光り輝く虹に変わろうと同じであり、中空に架かる大円弧は夢の中の私にとって恐怖でしかなかった。じっとり汗をかいて起きてみれば、なにをそんなに怖がったのかよくわからない悪夢なのだが、果たしてこの夢の話から、亜門虹彦氏は、いかに私の胸に奥深く眠る心理を見抜くのだろうか。

亜門虹彦といえば、現在休眠状態にある我が劇団ワールドツアーの一回ポッキリの公演で、汗と涙の飛び散る怪演ぶりが私にとっては記憶に新しいが、普段は心理アナリストとして猛烈な執筆活動を中心に、喫茶店のマスターも兼任する超多忙な毎日を過ごしている。氏との出会いのいきさつは、以前ここにつまびらかにした通りであるが、生まれついての役者魂を持つ氏が、演劇の公演が途切れたからといって静かに余生を送っているはずがなく、ちょくちょくテレビで本職の心理アナリストとして出演しては、様々なタレントたちの夢や心理試験を通して、性格やら心理状態やらを分析しまくっている。よっぽどこの国の人は自分の深層心理に興味津々のようで、それはたとえ日本の音楽業界の最前線をひた走りに走りつづけるアーチストたちとて同じであり、誰もがみな自分の見た夢がどんな心理状態を映したものか気になって仕方がないらしい。
そんなわけで、音楽番組「HEY!HEY!HEY!」において、亜門虹彦氏はほぼ月イチペースで出演してはアーチストたちの夢判断を行っている。レーティングのいい番組であるから、目撃された方も多かろうと思う。
私の記憶が確かならば、これまでに3回登場し、中でも、メディアに登場する著名人の輩出量が極端に少ない我が大学にとっては希少な、同校出身の先輩と後輩が相まみえることとなった平井堅の回が見物であったが、だいぶ前の氏ならば破天荒な衣装でひとまず見た目で度肝を抜くという、いわゆる出オチなどして笑わせてくれたものだが、その日は如何にもアナリスト然としたフォーマルなスーツを身にまとい、あくまで穏やかに、「すべての夢は性夢である」という夢判断の定石に沿った比較的無難な発言に終始し、ダウンタウンの二人との絡みも距離を掴みかねた感じで、とんでもない破綻を期待する私を大いにガッカリさせた。
そのオンエアからほどなく、ワールドツアーを観劇した幾人かの仕事仲間から「亜門氏をテレビで見たが、果たしてあのキャラクターでいいのか」とか「えらくガッカリした」といった苦情がなぜか私に多数寄せられ、なにも亜門氏の日常のすべてを私が演出しているわけでもないのに行きがかり上責任を感じてしまい、すかさず氏に対しおこがましくも以下のようなメールをしたためたものだ。
「氏のテレビ出演におけるキャラ設定は如何なものか。そこに迷いがあるのではないか。もしくはミスとは言えまいか。真摯を偽装す心理アナリストから氏本来のアクの強い暴れ心理アナリストへの豹変を切望して止まない」云々。
するとどうだ、亜門氏からは、かような泰然自若たるメールが返されたのである。
「あれをしてキャラ設定のミスとは笑止。見よ、あまた若輩タレントが醜悪なほどに、わずかなチャンスを逃すまいとしゃかりきに前面へと押し出ようとする、その愚劣なほどの貪欲さを。初手から自らの手の内を曝すなど愚の骨頂である。相手にとって不足のないダウンタウンであるなら尚更のこと、きっとツッコミポイントを見つけだし、彼らはそこに打ち込んでくるはず。そう、今は静かに待っておるのだ。これをして、まずは相手に切り込ませる隙をつくる剣術法なり。先に打たせてから余裕の第二手を放つ。大物こそは寂として構え、容易くは動かないものである」と。
そうきたか。なるほど考えたものだが、実のところ痛いところを突かれ迷いを見透かされたことへの、亜門氏とっさの詭弁であろうと私は思っていたのであったが...。

先週の「HEY!HEY!HEY!」を観て驚いた。
亜門氏はさすがに4回目ともなると場の空気に馴染んだようで、その日のミスチルという大物ゲストに憶することなく歯に衣着せぬもの言いでズバッと繰り出す分析も、独自の毒気とペーソスがいよいよ加味されはじめ、さらに終盤、オンエア上では残念ながらカットされてしまっていたが、明らかにダウンタウンの二人が氏に対し興味を抱きはじめた発言が見受けられたのだ。曰く「普段はどんなことをされているんですかね」などと。
そうなのだ、ダウンタウンは"亜門いじり"を始めようとしていたのだ! ズバリ! 氏の思惑通りではないかっ! そこには術中にまんまとはまってしまっているダウンタウンがいるのだ。カメラの抜きこそなかったが、私には口角をゆがめうすら笑う亜門氏の顔がハッキリと見てとれた。当代随一のお笑いコンビですら、掌のうえで踊らせてしまう男、亜門虹彦! 恐るべし!
打ち込んできたダウンタウンに、戦闘モードに突入した亜門氏の繰り出す第二手は如何? こうなるとますます「HEY!HEY!HEY!」から目が離せないし、うっかり「Qさま」など観ている場合ではなくなってきたのだった。
次回は、ついに浜ちゃんの痛烈なツッコミがボケまくる亜門氏の脳天に炸裂するのかもしれないし、いや「HEY!HEY!HEY!」どころではない、次なる一手は飛び火して「働くおっさん劇場」に及ぶのかもしれない。
唖々、神様。どうか亜門虹彦氏を「働くおっさん劇場」のレギュラーにしてくださいまし!!

by wtaiken | 2006-11-12 14:04

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