2016年映画館鑑賞映画総括 其ノ壱   

毎年毎年書き出すもののその書き出しの落語でいうところの "枕" に時間と手間をかけすぎ、そこへもってきて生来の飽き性と面倒臭がりが仲良く相まって、途中も途中で投げ出してしまい、これまでのブログ歴で一度たりとも12月の最後の一作まで到達しえたことのない「年間うん百本鑑賞する映画の中でも、基本となるべき映画館鑑賞に限った映画評」2016年版を今年も性懲りもなくはじめてみようかと思う。で、さすがに反省して、今年はもう前段もなにもなしの性急な本番突入、いきなりの1月鑑賞分からスタートしてしまうのだ。
ちなみに前々回の記事でも触れたと思うが、自宅でのソフト鑑賞および再三再四観続けているお気に入りものも含め1年間鑑賞映画本数は302本。うち映画館鑑賞分は、おそらく我が人生で過去最多の43本。実に約8日に一本映画館鑑賞したという計算になって、おいあんた本当にまともな社会人かよの誹りや揶揄をパソコンの向こうからのヒシヒシと感じつつも、我ながらなかなかの数字じゃわいと驚きとともに感心してしまった。途中からめざせ年間51本! 週一映画館鑑賞年間達成!を目標に掲げてみたんだけど力及ばす無念もあったりし。
なんてホラ、ちょっと油断すると本題までがどんどん長くなるっていう...

なので早速本題へ。
今年は一作についての評価は寸評とすることでなんとか12月の43本までたどり着きたいと思う。そしてリバイバル上映で再見の映画については、なにかよっぽど一言添えたいものがない限りは寸評どころかタイトルのみの記載とすることもあるやも。なにせお気に入りなんだからもう一度映画館で観たかったわけで、そんな映画に酷評などありえないから。


1月
1.「ブリッジ・オブ・スパイ」
なんだか忙しそうで子供のボクらに少しもかまってくれない昼間のパパが、実は国家を揺るがす案件を一手に捌いていたスーパーヒーローだった...というところが実に脚本のコーエン兄妹らしい視点だと思った。トム・ハンクスが帰国後、車窓から観るダウンタウンの子供らが、バラ線のはり巡らされた塀をなんなく乗り越えていくという逞しい姿を感慨深く見守るという描写が私的にはツボで、前半の「ちょっと退屈かも」からの後半への緊張感溢れる巻き返しがスゴかった。そしてアカデミー助演男優賞のマーク・ライランスがやっぱり良かったね。そのマーク・ライランスの今年の出演作は "ダークナイト" クリストファー・ノーランの戦争大作「ダンケルク」。この映画についてはいずれどこかで話すことももちろんあろうかと。


2.「の・ようなもの のようなもの」
んー、改めてデビュー作にして生涯にわたる作風を決定づけてしまっていた森田芳光の早熟の才気あふれる「の・ようなもの」の偉大さを再確認してしまうという、比較にもならない普通すぎる平凡作だった。もったいないところもいくつかあったけど。たとえば、今作の主演落語家志願のマツケン (志ん田) が湯船につかっていると、志ん米 (しんこめ) 師匠の尾藤イサオが「誕生日おめでとう、志ん田!」といって風呂場にロウソク立てたホールケーキをもってくるシーンのみ「お、森田芳光っぽい!」と思って笑ってしまった。でもそこだけだけどね。


3.「ぼんち」
角川シネマ新宿の市川崑特集の一本。


4.「白鯨との闘い」
今となっては、途中眠くて仕方なかったくらいしか感想が残っていないが、観終わったあとの映画評では満点5つ星中3つもついていて、というのも私の場合「普通に観られた普通の映画」から「まあこりゃちょっとないけど駄作ではないな」までを含んでいる、かなりの作品を内包してしまうのが星2つという評価で、少しでも加点ポイントがあった場合、たとえば「あの脇に出てた女優がよかった」とか「あのセリフにはグッときたな」とか「あのシーンだけ美しかった」くらいのことでも星3つをつけている私としては、どう思い返してみても加点するところのない純然たる星2つであろう今作に、一体なんで3つもつけているのかが謎なのだ。ってなんの映画評にもなっていないが、それくらい印象がもうない映画です。ちなみにメルヴィル「白鯨」は未読。「カメレオンマン」の一節みたいに、老後に読みはじめて「『白鯨』読んでる途中だったのに...」と一言残して死んでみるかな。グレゴリー・ペック "エイハブ船長" の「白鯨」は、特撮がチープだけど印象深いです。


5.「犬神家の一族」
これも市川崑特集。一言添えるまでもない。私の一生を変えてしまった一作と言えるのかもしれない。


6.「の・ようなもの」
この作品の偉大さを再確認し、どうしてもまた観たくなって自宅のDVDをかけてみたら、これがとんでもなく映像が霞んでぼやけていて、とても観られたもんじゃなかった。リストアされたブルーレイの発売を切に願うが、そんないつになるともしれないものを待ってもいられず、「の・ようなもの のようなもの」公開記念でリバイバルしていた角川シネマ新宿に上演期間ギリギリで駆け込んだのだったが、これが正解。デジタル修復されていなくても、やっぱり映画館で観るとクリアでキレイでしたわ。
映画はもう数々のキラキラした名シーンで埋め尽くされていて、語りきれない。朝の隅田川沿いを延々と歩く志ん魚ちゃんの後に聳える仁丹塔のシーンなんて、もはや歴史的遺産ですよ。批判的な人曰く、すかした笑いやオフビートな会話などが如何にも80年代っぽいだの古くさいなんて言われがちだけど、いやいやこれはズバリ誰にもなし得ない森田節。80年代だなんて括って欲しくないくらい晩年まで通貫した自分の映像リズムをこの処女作で完成させているところがスゴいです。
そして尾藤イサオの志ん米真打ち昇進祝いの会が盛り上がりつつ、ひとりひとりと退場していくラストシーン。カーテンコールのようにカメラに笑いかける演者たち。あの馬鹿騒ぎのような "祭り"終わっていく感じ、永遠につづくことなんてないことを感じずにはいられない感傷が、どうも自分の大学時代と重なってしまい、いつ観てもグッときてしまうのだ。
まるで毎日が喧噪のような日々だった演劇部としての最後の日。四年の追い出しコンパの翌朝、パリッと正装して徹夜の部室をあとに卒業式へ颯爽と向かっていく同期の仲間をひとり見送り、お昼前の斜光差し込むなにもなくなった舞台にしゃがみこんでは、淋しくポツンと祭りのあとの余韻を味わった私の、なんとまあセンチメンタルなことよ。
そんなわけで、そもそもがシンパシーを感じるラストシーンに、これに加齢が重なると余計にしんみりだったよ。で、早速尾藤イサオ全集なるCDを買っては、しばらく「シー・ユー・アゲイン雰囲気」のヘビーローテーションでした。


2月
7.「悪魔の手毬唄」
これも角川シネマ新宿市川崑特集から。犬神家は、犬神家大好き監督岩井俊二が語るように、私にとっても「別格」。とすると、今作は一般的に言うならば映画史に残る傑作、なんだと思う。なにもかもが「傑作」然として、横溝正史映画ものでは群を抜いた白眉。市川崑の中ではここで傑作をつくってしまった充足感があったんじゃないかなってくらい、「獄門島」以降の3本のテンションのだだ下がり具合は半端ないね。ファンとしてはもちろん楽しんだわけだけど。たられば言ってもせんない話だが、なんとかもう一本、若山富三郎磯川警部ものを観たかった。
ちなみにここでトリビアをひとつ。当初市川崑はこの磯川警部役に佐分利信をキャスティングしていたらしい。定年前の最後の恋なんていうミステリーとはミスマッチな役柄は、確かに佐分利信は合っていたかも。スケジュールの都合で折り合わなかったらしいが、もし出演していたら (同一シーンはなくても) 小津仲間の中村伸郎と競演だったわけだ。そうなっていたら、いっそ北竜二もキャスティングして欲しいかったが。言うまでもなく、その佐分利信はつづく「獄門島」に念願かなって出演することになる。



いやー、やっぱ一言寸評とはいかないね、大学時代の懐旧なんて脱線もアリ...

てなことで、2月のつづく映画館鑑賞映画評は次回に。ではでは。

# by wtaiken | 2017-02-11 03:59 | Comments(0)

久しぶりに自作のアップです   

やー忙しいね! 目まぐるしいね! 2月だね!
前回記事からもう一月経とうというその間に千葉君津ロケあり、四日市、大阪堺ロケあり、その他東京近郊を転々と、極寒の中を朝一番早いのはパン屋のおじさんじゃなくって撮影隊のおっちゃん! な、山の頂から朝焼けのタイムラプスなんかも撮ったりなんかしちゃったりし、そんなこんなの1月に完成した私の演出作が久しぶりにYouTubeアップされたので、まあどうかひとつ、お暇な時にでもご覧いだたければ。

以前のCMプラン・演出がメインの頃ならそんなことを一々取り上げてもしなかったろうけど、今やすっかり私の仕事の多くが企業のインナー向けの、あまり一般的に目に触れないような作品へとシフトしているので、もの珍しくてたまにチェックするんだけど、これがまた驚きの83回再生!っておい! そりゃ地味な林業のVPだけどさ。いくらなんでも83回は淋しすぎるんじゃない?

これが正月明けの、まだお屠蘇気分の抜けない5日から2日間君津の山に籠って撮った映像。出ている人はみんな本ちゃんの林業従事者たち。みんなナイスなガイでしたぜ。

少なすぎる再生回数で煽ったけど、実はこちらがFullバージョンで、一般的に公開されているShortの方は3万回は観られているようで、ホッ。

てか、埋め込もうと思ったんだけど、なんか久しぶりにブログ開いてみたら、なんか操作の勝手が違くなってるし〜。
なんでリンク機能にしたんだけど,..。

ま、いいや、クリックするとYouTube「緑の雇用」に飛びます飛びます。
ではまた。

# by wtaiken | 2017-02-09 01:23 | Comments(0)

2016年述懐   

年末年始は細君が帯状疱疹らしき病状でダウンし、4歳児との添い寝は私ひとりが担当するとなり、そんなわけで子供の寝静まった頃合いを見計らって自室にてブログのつづきを始めようにも、傍らにいるはずの物体が突如失せたことを敏感に察知する我が子から「おとうさんはどこ!」とのお呼ばれで、とてもじゃないけど更新はままならず、あまりにも中途半端な書き込みのままに放置されている前回 "総括" の、本日はそのつづきです。

2016年の総括といえば、昨年はご贔屓にしている数少ない民放のいくつかの番組から女子アナアシスタントがまるで歩調を合わせるかのように総取っ替え状態となり、その辺りの事情は去年10回しか更新しかなった中の1記事にしたためておいたが、リニューアルしたそれら番組のその後を私なりに総括しようかと思う、まずは。

夏目三久の卒業した「怒り新党」には、テレ朝の局アナ青山愛が就任し、切り替わりからの数回は "如何にも" な局アナ口調が鼻についてしまい気になって気になって仕方なかったが、結局のところ番組の生命線たる有吉とマツコのよどみない掛け合いが健在な限り、誰がどのようにして怒りメールを読もうと安泰なわけで、今や青山アナの素に近い (んだろうと私は思っている) ケケケケとしどけなく笑う姿に愛着も湧いてきた次第。卒業後には有吉・夏目の妊娠・結婚スキャンダル騒動なんておまけもついたりして。それにしてもこの件、番組内で少しくらいは弄るのかと思ってたけど、笑いに昇華するどころか一切の言及もなしで、ことの真相は一層暗い闇の中な気がする。

NHK「ブラタモリ」の桑子アナの後任は近江有里恵アナに。まあ結局のところこの番組も内容がテッパンに面白いので、アシスタントがどうあれ違和感なく続いている感じ。まあそれでも桑子以前はアシスタントの及第点的な対応が嫌であまり観ていなかったわけだけど。なのでやはり私的には功績の高い桑子ロスはいまだ拭えないが、なにより相対しているタモリがこの近江アナを非常にかわいがっている感がヒシヒシと伝わっているので、タモリよければブラタモリすべてよし、ということでいいんじゃないでしょうか。

自分でも一番驚いたのは、「モヤモヤさまぁーず2」の狩野アナ卒業に伴って、よもや私の番組視聴も終了してしまったということ。いまだ私は大江アナ時代の「モヤさま」が一番だと思っているし、狩野アナに替わったあとの痛々しいくらいのいじられっぷりもあって、そんなに思い入れがあったつもりはなかったんだけど、卒業宣言のあとの狩野アナ閉店詐欺的な引っぱりと、福田アナ登場回の異常な盛り上げ方に少々胸焼けがし、なんとなく私も卒業しちゃいました。それにしても福田アナ、荻野目ちゃんに似ていたね。

てなことで、どうでもいいテレビ番組アシスタント交替劇のその後に時間を割いてしまったけれど、本題は、おおそうだ2016年の映画鑑賞総括であったな。


さて去年は、1月4日に、なにか観たくなるキッカケがあったんだろうけどそのキッカケがもはや思い出せない大林宣彦監督の「異人たちとの夏」の再視聴にはじまり、12月29日の小沼勝監督作、谷ナオミ主演のにっかつロマンポルノ「花と蛇」にて総数302本の映画鑑賞を終えた1年でございました。

大きな潮流をいうと、旧作の自宅視聴に関しては、リアルTSUTAYA店舗レンタルから、ほぼオンラインレンタルへと移行した点。
ネットで検索して、ポチッとするだけで2日後に自宅ボストには届き、約3週間のレンタル期限期間中に行動範囲内のポストへ投函するだけで返却が済んでしまう、この便利さを一度味わうとリアル店舗での観たい旧作探しに時間や手間をかけ棚とにらめっこしていた頃へは最早戻れませんよ。(もっと進んだ人は、すでにDVDレンタルなんぞせずに、ストリーミングとやらにしているんでしょうけど)

そんなわけで、リアル店舗では回転数が重視されるからラインナップの充足がみられなかったにっかつロマンポルノが、オンライン上ではそこそこ本数が充実してい、かつてとあるプロデューサーから「にっかつロマンポルノは観なきゃダメだよ会田さん」などと言われていた身としては、すわっとばかりに遅ればせながらのブーム到来の1年でもあり、もちろんそれは今も継続中なのだ。
去年は、ロマンポルノ第1作目の「団地妻 昼下がりの情事」公開から "45周年"にあたり 、それを機に製作が復活して ”新作公開!” なんてニュースも踊る中、これまでつくられたロマンポルノは1971年から88年の間におおよそ1000本越えとされ、齢50過ぎにしてすっかりどハマりしてしまった私としては、願わくは全作網羅をこれから生涯をかけて達成していきたいものだ。

ちなみにアドバイスをくれたプロデューサーが特に薦めたのは神代辰巳で、一般作品ではショーケン主演もの「青春の蹉跌」など数本は観ていたけれど成人映画は未見につき、勧めを受けた5年前からボチボチとロマンポルノは観はじめてはいたのだけれど、本格的にハマったのはやはりオンラインレンタルの開眼が大きいと思う。
神代監督作では「女地獄 森は濡れた」が断トツにスゴい。なにがスゴいって、これが決してエロさなどではなく、山谷初男の怪演ぶりや、その山谷初男が口ずさむ歌であり、そもそもがマルキ・ド・サドを原作にしたエロ・グロな世界からエロ要素をポルノでありながら差し引くという、これはもうアングラ映画の範疇かと。

ほかにもカマをほられた男が男色に目覚めて女装にふける「悶絶!!どんでん返し」、傷天岸田森のポルノ映画監督の苦悩をメタフィクションで描く「黒薔薇昇天」とか確かに秀作多数。ただし "ポルノ" のひとつの定義であろう "エロティック" いう点では前述の通り物足りなく、むしろ性における喜劇性がより明確にクローズアップされているところが、神代ロマンポルノの特徴かと若輩は思う。

その「悶絶!!どんでん返し」に主演し、神代作品ではやっぱりコミカルにさえ映る谷ナオミも、小沼勝監督がとらえるとこれが非常にエロだ。みうらじゅんも大好きな「生贄夫人」とか。いまのところにっかつロマンポルノ=小沼×谷ナオミブームといっても過言ではない。

それとここ数年かけて観てきた高倉健、鶴田浩二、菅原文太、藤純子らの東映任侠映画の、よくいえば様式美に貫かれた、悪くいえばマンネリズムに辟易とし、もうこれ以上の鑑賞欲が失せてしまうという当時の観客とおそらく同じ流れで「仁義なき戦い」を改めて観たら、ガツーンときました。いやあ最高でした。以前3本ほどこのシリーズを観たとき、なんでまたこの魅力に気づかなかったんだろうか私は。
たとえば「蒲田行進曲」にしろ、文芸大作といわれる「華の乱」にしろ、深作欣二監督の音楽の使い方は大仰すぎで、使われる作曲もダサくて正直大っ嫌いなんだけど、ことこのシリーズについてだけ例外的にくどくオーバーな音演出がジャストミートではまっているし…って「仁義なき戦い」の魅力なんざさんざん言い尽くされているから書く必要もないでしょう。これまた齢50過ぎにしてドハマりして、ベスト盤サントラまで買っちゃいましたよ。まったく。


といったところが2016年私の映画鑑賞の大きな流れ。
シリーズ物では勝新・田宮の「悪名」シリーズと「兵隊やくざ」シリーズを (ソフト化限定の) 全作制覇。
これら潮流が果たして総数302本からの2016年ベスト10にどう影響してくるのか。
つづきはこれまた次回に乞うご期待。

→明日からは千葉県君津市へロケに行って参ります。そんなわけで今年はマメに更新したい矢先から次回はいつになるのか未定! ではまたー!→

あ、最後に、みなさま、明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
...なんて最近意味なく流行の、終わりにメインタイトル IN みたいな感じで、さようなら〜

# by wtaiken | 2017-01-04 00:20 | Comments(0)

2016年総括   

今年生誕100年だったらしい写真家早田雄二による「美しき昭和の名女優」2016年カレンダーは、八千草薫、司葉子、藤純子や加賀まり子ら錚々たるラインナップで、我が部屋ではカレンダーとしての役割よりむしろポスター的に毎月目を愉しませてもらっていたのだが、1年の締めくくりたる12月がどうしたことか美空ひばりなのだった。11月の若き関根恵子から月代わりにめくった時の衝撃たるや、もうっ!
まあこのカレンダーの表紙からしてが "いきなり美空ひばり" だし、毎月が誰であるかは裏表紙で知れているものの、月日の経つうちにそんなことは忘れてしまっていたし、前述の通り11月が "高橋恵子" 時代ではない、デビュー間もない頃と思しき関根恵子からの展開だったから、落差が激しいったらありゃしないよ! このブログを読んでいただいている方に、美空ひばりご贔屓もおそらくいなかろうからハッキリ言わせてもらうと、まず"美しき"かどうかに疑問だし、"名女優"というラインナップに含まれるところも大いに納得がいかない。
そりゃもうきっと歌は飛び抜けてうまいんだろうよ、真っ赤に燃えたり、川の流れのように。リハーサルで歌い上げる美空ひばりに向かい、ギンギラギンの頃のマッチがその人と知らずに「おばさん、歌うまいね」と言い放ったったというエピソードがあるが、確かにパッと見ただのおばさんにしか見えなかったりする。これはただ私が彼女の魅力に気づかない未熟さから来るのか、それがある日突然覚醒し「美空ひばり、サイコー!」というXデーがこの先限りある人生に訪れたりするんだろうか。などと、12月のカレンダーからそんなところに思いを馳せる年の瀬だ。

美空ひばりといえば、彼女が通ったという横浜磯子にある (あった?と過去形になのか、その後の存続は定かではない) 滝頭 (たきがしら) 小学校には5年生まで私も通っていたという、髪の毛一本ほどもない細き因縁があったりするのだが、今年観ていた鈴木清順の日活時代の古い映画の中に、そんな私のかなり古い記憶を呼び覚ます見覚えるある顔に突如出くわし、巻き戻した (DVDだからそうは言わないのだろうが) オープニングタイトルロールの中に「おお、この人か!」と思い当たったのが "曽根幸明" という名前。作曲家として、ウィキによれば「象印スターものまね歌合戦」の審査員を務めたとあるその曽根幸明の娘と、私はその滝頭小学校の低学年時代に同級だったことをその映画から思い出したのだった。
おぼろな記憶にすがるなら、ほどよいカールのかかる髪はすこぶる長く、全体的に「いいとこのお嬢さん」風の上品な容姿であり、高台の邸宅に住まい...と、霞がかって釈然とはしないものの、ベールの向こう側に確かな残照をとらえることのできる私は、きっとそんな彼女に、憧れとともに好意を持っていたのかもしれない。
だなんて、そんな甘酸っぱい記憶をも呼び覚ましてしまう映画観の2016年は、実に3年ぶりに大台突破の302本となり、うち映画館における鑑賞本数は43本と、おそらく過去最高記録を更新した。

つづく。

# by wtaiken | 2016-12-31 04:21 | Comments(0)

10月だというのに   

かつては、といっても子供の頃のことだからかれこれ40年ほど昔だったらば、9月の半袖ならまだありえても、10月の半袖はなかったように記憶している。時候はそろそろ冬支度へ向かおうという頃合い、重ね着こそしかなったものの半袖はお役御免とばかりに押し入れの奥に来年夏の出番まで長の休暇に収まっていたものだが、昨今の地球温暖化のせいで10月になってもまだまだ半袖が終えないのだ。そして昨日みたいに30℃なんて平気で越えちゃったりする。コンビニのアイス棚もいまだスカスカだよ、もう。そのうち秋がズレズレになってどんどん短くなって、おいおいなんだかつい最近まで半袖だったてーのにもうそろそろクリスマスかいっ、正月かいっ、なんてことにもなりかねないってんだからフントにヤになっちっちまうよ。

さてその10月だ。10月は私の誕生月であり、ついついいきおいはじめたフェイスブックには、いまだに多くの方から「おめでとう」コメントが届くのだが、当の私がかれこれ数年間も放置していたせいなのかベージが正常に表示されないために何件もの友達申請をスルーし、そして誕生日おめでとうにも一言の挨拶もできないままこれまたスルーしてしまい、なんだか例年に比べてコメントが多かったこともあって、そのみなさんが当ブログを読んでくれているとは限らないけれど、こうしてせめて勝手知ったるブログにて御礼申し上げる次第なのです。

みなさま、フェイスブックにコメントいただきありがとうございました。ご無沙汰ですが元気です。我が子も息災に、スクスク生意気に生きてます。
この夏、私にとっても、そして4歳になる彼にとっても人生初の "ウルフェス" に行ってきたので、無事の証にその写真でもアップしておきましょう、私の知り合い以外にはなんの興味もないスチルでしょうけど。

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いやあ、さすがに照れくさくて、ポーズはとれなかったぜよ。


いい加減ブログ休載の言い訳も我ながら書き飽きた感があるので省略させていただきました。書きたいことが山積という感じなので、そろそろボチボチ吐き出していこうかと思っています。またこれを期によろしくお願いいたしますが、今日のところは昨今の思うところを簡潔に、取りまとめて。

「シン・ゴジラ」。賛否両論ありつつも私は都合3回観ました。前半の会議シーンに乗れるか乗れないかで評価は大きく割れる映画だろうと思う。私くらいの世代に多くいるんじゃないかと思われる大のゴジラファンからすると、いろいろ冒涜だのゴジラ映画じゃねえ!とディスりの的となるだろう数々の描写も、私にとっては「よくぞやったり!」と喝采の対象でした。詳しくはいずれ書こうと思いますが、「シン・ゴジラ」の総評は、作品単体としての評価云々より、なにより新しいゴジラ映画を世に問うた製作者側 (主には総監督たる庵野) を絶賛したい映画でしたね。

それにしてもいきなりの興行収入100億越えだなんて先日ニュースになったと思ったら、昨日には130億超えだっつって、いまだ衰えを知らず爆走しつづける「君の名は。」。どこまで続くんでしょうか、このブームは。
新海誠などという作家についてはまったくノーチェックだったので、もう私にとっては寝耳に水状態。だって100億ですぜ。アニメに限っていうと、シン・ゴジラの庵野「エヴァ」でさえ、宮崎の後継者として国民的作家になりつつある細田守の諸作でさえなしえなかった100億超えなんですぜ。え、なんで? どして? 意味わかんないすけど、という半信半疑な面持ちで、でもさすがにここまでくると一映画ファンとしてはとても放ってはおけずついに観たのが9月26日。一部からは、ミュージッククリップ的だの、感動作のおいしいところの寄せ集めだのとだいぶ叩かれているようですけど、私は、楽しめました。だってさー、おっぱいもみもみしながら「よかった...」と落涙する主人公に、観ているこっちも笑いながらもホロリとできる映画なんてそうそうないよ! まあちょっと感動の押売的に、くどくどと流れる名前も知らないJポップグループの歌だけはかなり辟易したけど。これもいずれ詳しく。

「シン・ゴジラ」の闘う官僚として、新しいタイプのヒーローを体現した長谷川博己。「進撃の...」の臭うばかりの演技には心底吃驚でしたが。近々NHKで夏目漱石を演じるらしいけど、そのNHKが映画ばりに制作する横溝正史の「獄門島」で、なんと金田一耕助を演じることに! 視聴率次第ではシリーズ化もありえるんじゃないかな? ここに来て飛ぶ鳥を落す勢いの長谷川 "金田一"に期待しつつ、予告しつついまだ叶わぬ私の金田一映画再考察にいよいよ手を付けるいいキッカケになるやも。

今年は「龍馬伝」以来の大河、欠かさず観てます。
正直三谷は、テレビ放映でチラ見した映画「有頂天ホテル」の冒頭の、あざとく狙ったウケに寒気を感じてわずか数分で視聴を断念してからというもの、もはやクスリとも笑えないコメディーを書く人なんだなと高を括り、「真田丸」初回も試し観はしたものの「やっぱダメだわこの人の作品」と見放したところ、ひょんなキッカケで秀吉登場あたりから再視聴をはじめ、以降これまでにない "笑える大河ドラマ" として十ニ分に楽しませてもらってます。いやあ笑える笑える。
贔屓だった小日向秀吉死去からはどうも個人的には停滞期だったんだけど、また九度山蟄居から笑えるシーンが持ちかえした感があり...。それにしても草刈正雄だったなあ、この大河は。そしてうっとうしいと話題になった長澤まさみがいい味だし、でもって呂宋助左衛門なんだもん。そりゃ観るっつーの。一回しか出なかったけど。

「スーサイド・スクワッド」。出たね、久しぶりに予告篇詐欺映画。逆に言うなら「よくこれだけつまらない映画から、あれだけの予告篇をつくったな」に天っ晴れだよ。ソツないどころか傑作を連発し続けるマーベル諸作に対して、水を開けられすぎだろ、DC映画は。仏の顔も三度まで。
「マン・オブ・スチール」「バットマンvsスーパーマン」に「スーサイド・スクワッド」。あ。三度だ。これまでってことで。来年の「ワンダーウーマン」もう観ないよ。
「スーサイド・スクワッド」についてもいずれそのうち。

そして今週土曜「七人の侍」4K、観てきます。インターミッションを入れて3時間40分の長尺! なにより音声が格段によくなったということなので、そこにこそ期待したい。村の長老話、聞き取れるか否か。感想、これもまたいずれ。


と、ばらばらととりとめもなくなく再開しましたが、ではまた。

# by wtaiken | 2016-10-07 05:55 | Comments(4)

またまたご無沙汰、挨拶程度の久々更新は予告篇!   

誰かが卒業をし、誰かが入学したり進学したり、我が子が進級したり、左遷させられたり栄転したり、退社もするだろうし、はたまた入社もし、配属替えがあり転職があり、クラス替えがあるかと思いきや、「おい、お前、あの役から下ろされるってよ」な配役変更があったりなんかするかもしれない、そんなさまざまな出逢いと別れとがドラマチックに、あるいは至極淡々と展開される4月は、一方ではテレビ番組の改変期にも当り、私にしたらの喪失感の半端ない「マツコ & 有吉の怒り新党」からは夏目三久が、そして「ブラタモリ」からは桑子真帆アナが卒業してしまったという、とんでもない人事が敢行されてしまったのだ。
このテレビ業界にとっての大きな損失とも言える愚挙も、かつて「モヤモヤさまぁ〜ず2」大江麻理子アナ卒業ロスからの、時が経てば今や狩野アナにもすっかり馴染んでしまった過去に見るように、いずれは「そんな時代もあったね」といつか話せる日がくるわ なのかもしれないし、たとえば「怒り新党」の場合だと、マツコ & 有吉という、自分勝手のように見えて実はかなり場を読む気配りの長けた進行上手な二人でありさえすれば、夏目三久のぽっかり開いた穴もいずれは新しいキャストが旨い具合にはまりもするんだろうけど、問題は飄々と自らのスタイルを崩さずあっちぶらぶこっちぶらぶら徘徊老人のような振る舞いの見受けられる特殊タレントタモリを擁する「ブラタモリ」だ。
この番組がタモリの「笑っていいとも!」卒業に合わせ、レギュラー化を果たしてから以降の視聴率が好調なのは、「土曜の夜はブラタモリ」という視聴習慣の確立ももちろんのこと、アシスタント桑子アナの存在が非常に大きかったと思っている。
それまでイレギュラーだった「ブラタモリ」が私的に今ひとつハマらなかったのは、歴代アシスタントたちの杓子定規な、なにかアナウンサーとして皮を一枚かぶったような上っ面なリアクション (失礼!) がどうにも番組を堅苦しくさせていたところにあったのだが、タモリの周囲にお構いないマイペース対し、よもやのマイペース返しで応戦してくる桑子アナの天然ふりは、ともすると学術的すぎるキライのあるこの番組に、風穴を開け、すこぶる風通しを良くしてくれていたと思うのだ。この芸当は狙ってできることでは決してない。やはり桑子アナの人となりに起因していた成功例なので、後任のアシスタントは荷が重かろうと思う。
先々週熊本の回ラストで、おまけ的に桑子アナの番組卒業が自らアナウンスされ、あのタモリをして真面目に「性格もいいしね。よかったですよ」と言わしめたお褒めぶりからも、タモリへのハマり具合、そして番組への貢献ぶりが知れよう。
その桑子アナの転任先、平日を担当している「ニュースチェック11」は、はじまって1週間ほどのはず、一体どうなんでしょう? あの、NHKのアナウンサーとしては異質な、少し民放ズレした良さは、残念ながら報道番組では活かせるはとても思えないんだけれどもなあ。ありえないけど、桑子アナのブラタモリ復帰を切に願うものの一人である。

さてさて前振りが長くなったが、去年映画館で観た映画のトップ10を書いたところでついた一息がこれほど長くなるとは...我ながら予想を越えたブランクとなって、おかげで案の定その10本に入らなかった2015年劇場鑑賞映画寸評のことなぞやりっ放しのままもはや書く気がすっかり失せて、そりゃそうだよ、咲いた桜も散って葉桜な、2016年も4月を迎えた今この時期に、なにを好き好んで去年のことにかまけてられるか! というそんなわけで、ぼちぼち今を生きる私の、リアルタイムな話題にシフトしたいところ。

なんですが、今少しずつ始めているのが、70年代中期から80年代初頭にかけて邦画界を席巻した横溝正史映画の再検証で、まったくもって後ろ向きな毎日。
正確には75年、ブームに先駆け公開された中尾彬によるヒッピー金田一耕助登場の ATG映画「本陣殺人事件」から、市川崑+石坂浩二黄金のコンビ諸作はもちろんのこと、81年の「悪霊島」を経て、さらには96年トヨエツ版金田一の「八つ墓村」、そして2006年の市川崑セルフリメイク「犬神家の一族」に至るまで、そのほとんどが「もう一生涯観ることもあるまい」と思っていた駄作までをももう一度観直し、それら "横溝映画" というのか"金田一耕助映画史" とでもいうのを、「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」映画評よろしく、原作小説と比較してみたり、はたまた古谷一行版テレビシリーズとも比較しつつの検証をしてみようかと思い立ったのはいいものの、なにせ日々の読書時間は仕事の行き帰りのたかだか数十分間では斜め読みですら原作読破にかかるかかる。
そもそもが私は本好きのくせに人一倍読書の遅いタチなので、その再検証報告はいずれ開始しますよと予告に止めようと思う。
公開順、時系列に進めるのが本筋な気もするが、なぜか中途半端な公開時期にある「悪魔が来りて笛を吹く」からはじまります。いずれ。
こんな風に先送りにすると、そのうち面倒になってちゅうぶらりんのまま終わったりすることばかりなんだけれどもね。

それと予告しておきたいのが、今年映画館鑑賞している諸作の感想を、年の終わりにまとめてやろうとするから毎年中途半端に終わらせてしまう同じ徹は踏まぬよう、随時行っていこうかというもの。

ちなみにこれまでの2016年映画館鑑賞本数は、「年間40本観るぞ!」宣言の結果到達の叶わなかった去年が同時期8本だったのに対し、大きく上回る15本となっている。そのうちの4本は、市川崑映画祭などのリバイバル映画ではあるけれど。
これも年初から順に評するのが真っ当な気がするが、まずはコメントにも鑑賞寸報告をいただいた、話題作「バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生」から。寸評ならば手っ取り早く片付ければいいのだろうけど、どうにも寸評にはおさまりそうもない作品なので、やはり時間のできた近々にという予告止まりで。

それにしてもこの映画、公開前の静けさは、果たして私がその祭りの輪の中に入っていないからぜんぜん盛り上がりを感じないのか、はたまたそもそもお祭りになっていないのかがまるで判断つきかね、ともすると世紀の大コケ映画になるんじゃないかなんて思ってたりしていたのだが、フタを開けてみると、公開第1週目は超大ヒットだったそうでまずはなにより。とはいえ2週目からは集客を大きく落しての、さらには酷評の嵐、嵐、嵐。これほど低評価の作品で大ヒットするのは珍しいんだそう。
ザック・スナイダー監督、「サッカー・パンチ」邦題「エンジェル・ウォーズ」から評論家筋はもちろんのこと、一般観客からの支持も低下の一途をたどってるが、果たして私はどう観たのか、それもまたいずれ。


さて本日は私のブログのこれからの更新予定の予告止まりでしたが、予告つながりのついでと言っちゃーなんですが、の、気になる映画の予告篇を2つ貼っておきましょう。


1本目。私としては評価が低かった「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」があろうとも、当然エピソード8も9も観る気満々だし、そのスピンオフ映画も当然期待しているわけで。そんな「ローグ・ワン / スター・ウォーズ・ストーリー」が先日ついに予告篇を公開。懸命なみなさんはすでにご覧になっているかとは思いますが、その日本語版を。



やっぱ旧トリロジーのキャラが出てくると萌えます。モン・モスマ! 正調デザインのストーム・トルーパー! そして第1デス・スターに、ななんと朽ち果ててないAT-ATっすよー! もう、サイコー! そんで映画観てガッカリしてね、まあそんな繰り返しですよ、それでいいんです!
音楽はジョン・ウィリアムスではないんだけど、オリジナル・スコアは使う模様。エイリアンにゴジラ...巨大もの大好きっ子の監督ギャレス・エドワーズが、巨大兵器デス・スターをどう料理するのか、期待の持てる予告篇でした。

続いて、ガッカリしたのか案外評価が高かったのかはいずれの映画評に譲り、そのDCコミック映画化プロジェクトの第何弾? 2弾? 「マン・オブ・スチール」入れて3弾? かはどうでもいい、むしろ事前の予告篇からはコミックファンの評価が「バットマンVSスーパーマン」より断トツで高かった「スーサイド・スクワッド」の、公式な予告篇としては第2弾、リークされて急遽慌ててリリースした不本意な?予告篇を入れると第3弾な、最新の予告篇です。相変わらず予告篇からは愉しそうな、お祭騒ぎ感が醸されてますし、ハーレイ・クインがやっぱいいですよ。




P.S.
速報。たった今、ネットで新しいゴジラ映画「シン・ゴジラ」の画像公開。腕のサイズ感や面構えは、かなり初代ゴジラが意識されていつつ、メルトダウンなゴジラですね。ちょいグロなところは "巨神兵" 庵野総監督らしい。
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とはいえなんとてっても噴飯映画「進撃の巨人」のダメダメ監督が同じようなキャストで臨む映画だけに安易に期待できないわけで。それでもアゲざるをえない求心力がやはりゴジラにはあるということで。

ではもう寝ましょう。

# by wtaiken | 2016-04-14 04:23 | Comments(0)

マイ・シネマ・ランキング2015・続々々   

さながら昨日などは、早合点した冬ごもりの虫が浮かれて地中から這い出しそうな気候の2月の半ばを迎えようというのに、いまだ2015年の話を引きずるのもどうかとは思うが、残すところ2作きりのことだし、このままワン・ツー・フィニッシュをうっちゃっておくのも気持ちが悪いので、案の定なんのヒネリもなく「マッドマックス / 怒りのデス・ロード」が年間ベスト1に輝いた月刊誌映画秘宝の後塵を拝する「マイ・シネマ・ランキング」の第2位から、ひさしぶりの更新をば。


第2位.
「アントマン」

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auの三太郎CMのかなり初期の段階から画面片隅に小さくひそかに登場していたらしき一寸法師じゃないけれど、"マーベル史上最小ヒーロー" と謳われた、人間を小さくし戦地へ送り込むことで世界状勢が一変するとされる特殊スーツの技術開発をめぐる争奪戦という「おいおいマジか」という荒唐無稽な "とんでも設定" さ具合といい、そういったバカバカしさも含めて、個人的には「こんぐらいな感じが実にマーベル」らしく思えて、たとえばこの映画の笑える部分の多くは、降板してしまったポリス・アクションと笑いのハイブリッドな傑作「ホット・ファズ」監督エドガー・ライトの置き土産だとする説があるようだけど、いずれにせよ出来上がった映画は、ここ数年の「ダークナイト」後遺症的になんでもかんでもシリアスになりかけているスーパーヒーロー映画とは本来 "これくらいの軽いノリ" というか「こういう方向もそもそもあったんじゃないか」な指針を示してくれた、結構カジュアルに鑑賞できる、私としてはマーベル・ヒーロー映画の中でも上位に位置するくらいお気に入りになった、この作品がよもやの第2位にランキングです。

正直とてもかっこいいとは言いがたいスーツ造形だし、主演俳優も私にはほとんど縁のない人だし、監督も知らないしだし、DVDスルーどころかまるで観る気がなかったところ、本国アメリカでの公開後の作品評価がまずまずで、さらに後押しされたのがラジオ番組「ウィークエンド・シャッフル」におけるライム・スター宇多丸の上々な評価。どれ、てな具合に観にいって正解だった。
主役のアントマン演じるポール・ラッドも好感だし、なにせマイケル・ペーニャ筆頭のケイパー・グルーブが最高! で、その中のキモオタなハッカーを演じているのが、「ダークナイト」でジョーカーに心酔し市長暗殺一味に加わる偽警官シフ・トーマス役だったデヴィット・ダストマルチャン。ヒュー・ジャックマン主演の「プリズナーズ」でもかなり危ないロリコンな容疑者役だったし、今回もまあいうなれば "そっち系" として同類ながらも「いいやつ」な役どころでよかったよかった。

ちなみに私の動体視力が確かならば、敵役のイエロー・ジャケットの研究所にアントマンが侵入したラストの攻防戦で、構えた拳銃のその銃口を伝ってきたアントマンのキック一発で倒される警備員のひとりが、「ダークナイト・ライジング」で、バットポッドに乗って登場したバットマンの構える「E.M.Pブラスター」を撃ち抜いてしまい、思わず「すいません」と口走る警官役の人だったと思うのだが...定かではない。


第1位.
「バードマン あるいは(無知がもちらす予期せぬ奇跡)」

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個人的には2015年はこの映画に尽きたな。嫌いな人にとっては「なにか意味ありげに、如何にも高尚な "フリ" をしている感じ」が嫌味ととられるようだし、映画全編をワンカット演出にする意味がわからん! だとか、「なに嘘でしょ、これがアカデミー作品賞?」なんて評価も散見されるが。
いやいやいや、ワンカット演出に意味なんてなくていいし! (もちろん疑似ワンカットだけど) そりゃ監督としてはキチッと理詰めでこの手法をとったとは思うけど、一昨年だったか世の中的には高評価だった「ゼロ・グラビティ」で冒頭30分のワンカット演出に「もしやこの宇宙漂流物語の地球生還までをワンカットで押し切るつもりだったらこりゃとんでも傑作になるぞ」と期待した分、結局途中でカットを割った途端に勝手に「裏切られた!」とばかりに評価ががた落ちしたこともあったから、今回のこそは! のチャレンジに「いいぞ、もっとやれ」と心底拍手喝采でした。観ている間にいちいち意味なんて求めないし。←ちなみに「ゼロ・グラビティ」もこの「バードマン」も撮影はともにエマニュエル・ルベツキで、アカデミー撮影賞はこの2作で2年連続の快挙! それとワンカット演出で有名なのは、ヒッチコックの「ロープ」。この作品では棺のフタの開閉でブラックアウトさせ如何にもワンカットに見せている

逆にこれがアカデミー賞穫ったところがすごいと思うし、ドラムのリズムで押し切る音楽の演出も最高でした。

これまでの監督作に特に見るべきものを感じなかったアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督は、この1作で突如覚醒したというか一皮も二皮もむけたというか、これつくったたった2年後に、日本公開の待たれる「レヴェナント : 蘇えりし者」だっつーんだから、ちょっとすごくね?て感じです。ともすると監督賞で史上初の2年連続オスカーなんてこともあるやもしれず。
それにしても憶えづらい名前だなあ、映画の話するにも「ほら、あの、バードマンの監督の、えー、イリャニ? イャニィ?とかなんとかいう監督の、ほら!」っつって、言い当てられた試しがない。


とまあ、私の2015年はこんな感じでしたよ。

逆にワーストは1位だけ特に記しておくと、そりゃもう断トツで「進撃の巨人」!
オンラインのレビューで「くそです!」なんて下品な評価も多くあるけど、汚い言葉は使いたくない私としての一言評価は「噴飯ものです」でした。

なにが最悪かって、演出のすべて! とにかくいい悪いの判断のできない、判断のできないそのままを丸投げしてくる希有な作品というか。
叫んだら巨人が気づくんじゃねえのなんていう設定もどうにもいいように解釈してなのか力んで叫ぶしか能のないバカな演技を延々と聴かされる特に続編、背負い投げのシーンを筆頭に見ていて恥ずかしくなる演出、そりゃ人類の工業技術がストップした未来の話とはいえ平気で現存するアップルのリモコンそのまま画面に大写しするそのセンス...挙げればキリがないし、クサした評価はいくらでも読めると思うのでもう繰り返さないけど、こんな人が監督ならば新しいゴジラもたかが知れたな、と。せめて総監督庵野の良心で、なんとか持ち直してほしいけど。

最後に一言。「進撃の巨人」といいながらも、中型巨人が日向ぼっこしてるシーンでしか終盤まで出てこないなんてそんなバカな、な読編が特にひどい! ダメ、観ちゃゼッタイ! 久々の1作。

# by wtaiken | 2016-02-14 04:52 | なんでもベスト10 | Comments(2)

「の・ようなもの」と「の・ようなもの のようなもの」の感想文のようなもの   

今週は、市川崑映画祭を開催中の角川シネマ新宿で、正編から数えること34年ぶりの続編「の・ようなもの のようなもの」公開記念としてリバイバルされ、一週間限定だったから今日が最終日だったはず、の「の・ようなもの」を観てきました。

森田芳光なしにはありえないはずの「の・ようなもの」の続編でも、いまだに若々しくおられる尾藤イサオの志ん米 (しんこめ) 師匠、「冷たい熱帯魚」以降恐ろしいおっさんにしか見えないでんでんの志ん水 (しんすい)、そして伊藤克信の志ん魚 (しんとと) ももちろん再出演するとあっては、同窓会に当時好きだった女子に会いにいくような少しばかりワクワクした気分で観ずにはいられなかった「の・ようなもの のようなもの」は、監督はもちろんのこと、脚本も変わればすべてが別作品になるということを当然のことながら痛感させられたし、「の・ようなもの」の奇跡的に成立させている才人・森田監督の手腕に感服せずにはいられなくなるという、正編の偉大さを改めて実感させてくれる皮肉な映画だったと思う。
「の・ようなもの」大ファンとしては、その続編が観られるだけでいいと絶賛したかったけど、すべてが中途半端で、たとえば出演者にしても、そりゃまあ諸事情はあるんだろうけど、志ん魚をめぐる肝腎の二人、ソーブ嬢エリザベスの秋吉久美子と恋人由美役の麻生えりかの不在、ある意味シャレで再出演してもいいだろう関根勤や小堺一機、そしてエド・はるみなんかも手弁当・ノーギャラで駆けつけてほしかったし。
一方で、俳優業をすっかり引退していた志ん菜 (しんさい) 役の大野貴保が出番は少しながらも出演してくれたのはうれしかった。けど、出るなら志ん魚と絡ませてくれなきゃ!だし、 松ケンはよかったけど、これもまたキャラクターが描かれ不足でもったいない。...といった具合。
映像における笑いほど難しいものはないと、これは映像を創っているものの実感だが、正編では成功している笑いのリズムも全体的になってない、というか天性の才不足。

そんな消化不良の続編ならば、そーなりゃ久しぶりに正調「の・ようなもの」を観たくなるのが当たり前、といったわけで、「の・ようなもの のようなもの」を観たその日の夜に早速自宅でDVDをかけてみたのだけれど、かなりのねぼけた画質にうんざりし、おおそういえばちょうど今リバイバル上映中だぞと膝を打って、こんな機会にこそ映画館で観るべきとバチリ!テレビのスイッチを切り、揚々新宿へ出向いたわけで。

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作品の出来はいうまでもなく最高の青春映画だ。ストーリーらしきものは特になく、二つ目の落語家志ん魚の、羊水に浸っているようなまどろみの中の数日を描いただけのこの映画の良さをわからない人は、ちょっと残念だね、としかいいようがない。そりゃまあオフビートな笑いに、古さ、あるいは空虚な80年代を感じるかもしれないけど、これは遺作となった2012年の「俺達急行 A列車で行こう」まで首尾一貫した森田調とも言うべきスタイルなので、そこがダメな人はもう永遠に森田芳光には縁のない人として決別してもらう他ないだろう。
映像もDVDなんかと比べ物にならないくらいに鮮明。キレイな、たとえばオープニングタイトルバックのアイマスクをつけた秋吉久美子の登場シーンなんか、目が覚めるくらいなビューティ・ショット。
森田監督の編集の思い切りの良さは、すべてが数フレーム単位で成功している。たとえばこのリズムが少しでもズレていたら、普通の別な作品、もしくはまるでつまらない映画になったろうくらい、ここが森田芳光だからこそのマジックだったと思う。

「の・ようなもの」というと、上述した "オフビートな笑い" 、すなわち芯を意図して外したような抜けた笑いが語られがちだが、名シーン・名セリフも数多くあって、たとえばライムスター宇多丸も絶賛する「面白い人がたくさんいるね」「え? どこにですか?」「ほら、あの辺」とエリザベスの指差す先には東京の遠景...だとか、終電なきあとの堀切から浅草経由で独りごちつつ徒歩で帰宅する志ん魚の青春のやるせなさ...だとか、志ん米昇進祝いのビア・ホールから一人、二人、三人...と退場していく祭りのあとの寂しさ漂うエンディングに、静かに流れる尾藤イサオ「シー・ユー・アゲイン 雰囲気」のセンチメンタリズム...だとか。この曲の作詞タリモとは森田芳光のペンネームだが、なにか登場人物ひとりひとりへ監督からの手向けの言葉のようで、早世してしまった今となっては一段とこのエンディングは心に響くものがあった。

キレイな映像で、しかもはじめて映画館の大きめスクリーンで観る「の・ようなもの」。もとから尾藤イサオの、実に落語家らしい演技は最高に好きだったけど、今回は秋吉久美子の、「その役が発しているんだろう言葉」にちゃんと聴こえる、"ナチュラル" というのとはまた違う、やっぱり演技がうまかったんだなーということに気づかされました。なにも演技していないように見える演技、これこそが役者が目指す到達点だろうと思うんだけど、だとするとこの映画での秋吉久美子、ある意味凄いです。

映画監督はその処女作を観ればすべてがわかる、などと言われる。スピルバーグの「激突!」には以降多くの作品にみられるサスペンスの演出がすでに冴え渡っていることがわかるし、黒澤明の「姿三四郎」はアクションの演出が監督一作目とは思えないくらいに迫力があり見事だった。
森田芳光もこの処女作を観れば、監督のすべてが凝縮されていることがわかる。そして長編5作目「家族ゲーム」にして早くも頂点に達し、そこが監督のてっぺんだと思っていたら更なる高み「それから」へと昇りつめ、以降は「どうしてこんな...」の駄作を連発したり、たまに「(ハル)」のような小品ながらも傑作を小出しにしながら、最後には原点回帰のような "ほぼ「の・ようなもの」" の「俺達急行...」で早々に幕を閉じてしまった監督の、遅ればせながらも追悼した今週でした。

今回、DVDの自宅視聴ではなく、ましてやエアチェックのビデオテープ3倍モードでももちろんなく、やはり映画は映画館で観るべきなんだと再実感。今年は先の「犬神家...」といい、今度の「の・ようなもの」といい、映画青年時代アゲイン!てな感じです。

# by wtaiken | 2016-01-30 23:51 | Comments(0)

マイ・シネマ・ランキング2015・続々   

先週は角川シネマ映画館で市川崑特集の一本、「犬神家の一族」を観てきました。
実は市川崑を知ったはじめての映画は中ニ・夏の「獄門島」からで、角川文庫の杉本一文表紙画の禍々しさにようやく勇気を振り絞って手に取れたのがその年の春、つまりどっぷり横溝正史の世界にはまったときすでに「犬神家...」と「...手毬唄」は公開後、当時はレンタルビデオなど遥か未来のことであり、観たくてもどうにも観られなかった時代だったので、そこから数年後のテレビ・オンエア時にはもう待ちに待った感じで貪るように観た記憶はあっても、そのままテレビ・サイズですっかり満足してしまったのか、あるいは「ぴあ」あたりの情報誌でマメに網を張り、リバイバルや名画座でその金田一シリーズ両名作を映画館で観たのかもはや記憶が曖昧模糊としてしまってい、「初デジタル化」と謳われてもいるこの機会に観ておくかというモチベーションで、これまでの視聴回数などとても指折って数えきれない「犬神家の一族」を鑑賞し、そして来週には (こちらは残念ながらデジタル化はされてないようだが) 「悪魔の手毬唄」も観る予定なのだ。

改めて言うまでもないことかもしれないが、この金田一シリーズの特徴と言うべき母子愛描写が、傑作とされる第一作目「犬神家...」と第二作目「...手毬唄」には特に突出して明確に表現されていて、それがこの歳になると特にしみてくるのだ。
まあこの2作の作品・興行両面での成功がその後の女優 & 親子愛シリーズ的なしばりをつくってしまい、三作目「獄門島」原作の結末を改悪して以降の失墜へとつながっていくわけなんだが、そのすべての基となる「犬神家..」での母・高峰三枝子と子・あおい輝彦の演技が、ここに今更ながら特筆するほどよかったなとしみじみと実感されたのだった。二人が手に手をとって犬神家の広い居間を歩く "道行き" シーンは、美しくも悲しい、本当に感動ものだ。大スクリーンで今回観られてよかったよ。
清水宏監督作「信子」でのなまりのかわいい新米教師役や「元禄忠臣蔵」では男装の麗人な役を演じていた、つまり日本人形のように美形女優だった高峰三枝子による "ザ・ニッポンの母" な包容力で演じきった犬神松子は、ここにおいても到底リメイク版の富司純子は足元にも及ばない。そしてあおい輝彦の、片や犬神佐清を実直・誠実な青年として演じ、もう一方ではこの映画を象徴するアイコンである能面のようなマスクの青沼静馬を実に不気味かつおどろおどろしく演じ分けているところなんざ助演男優賞制覇もんでしょ、あれは。

...と、やっぱり熱くなっちゃうな、市川崑の金田一シリーズ。
角川シネマ館で観、そして観る予定の「犬神家の一族」と「悪魔の手毬唄」については、(もしや以前も少し触れているかもしれないけど) せっかくの機会なので、いずれしっかり書こうかと。ひとまず長くなった枕はここまでとしてー。

では「マイ・シネマ・ランキング2015」のトップ3へ行きましょう。


第3位.
「キングスマン」

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監督のマシュー・ボーンについては、以前確か「X-MEN : ファースト・ジェネレーション」で批判しているので、私が支持しないいくつかの理由を詳しくはここでは繰り返さないが、端的に記すなら、彼がお遊びの愉しいつもりで描くシーンの多くが、私には悪ふざけにしか見えないという点。また無駄に残酷描写が多く、しかもそれを笑わせようとしているところが正直「キライ」。
だから、ヒット・ガールは愉しく観られたけど「キック・アス」も、つづく「X-MEN : ファースト・ジェネレーション」も私は評価しない。
で、2作つづけてダメだったので、2年前に全米公開してロングランのスマッシュ・ヒットを飛ばし、作品的にもなかなかの好評を得ているらしかったこの「キングスマン」も、もしかしたらいずれレンタルで観るかもしれない程度のまったく興味の外側にあったんだけれど、去年6月にオランダ・ドイツロケハン渡航中の機内映画ラインナップにまだ日本公開前の今作があり、じゃあそうかい暇つぶしにでも観ておくかいぐらいの軽い乗りだったものが、最終的には「これはきちんと音のいい映画館で観るべき」という結論に達するほど気に入ってしまったという。端末が小さいのは致し方ないにしても、飛行音で音声がほとんど聴きとれないっていうのは映画にとっては致命傷。それでも「こりゃ面白い。映画館で観たい」って思ったんだから、映像力が相当なものってことなんだろうね。
つまりこれまで嫌悪感しかなかった監督の残酷描写が、今作では鼻持ちならない選民思想層に対して表現されているので、なんとなく「ひどい!」という感情は至らず、見せ方においてもポップに美的に表現されてい、さらにそれが笑いに昇華されているところが私にとってこれまでになくよかったところ。ちょっと教会でのそれは長すぎの気もするけど。
といった具合で、これまでのマシュー・ボーン評価下げポイントが逆に転じて評価「上げ」に貢献したので、あとはどんどん加点されていくのみ、という感じ。
よかったところは挙げるとキリがないが、熱望しつつ監督することが叶わなかった007シリーズへの偏愛、特に最近のシリアス路線は認めず、ロジャー・ムーア時代の荒唐無稽な悪役らが世界征服を企む大風呂敷をこそ愛してやまない感じを、全編に渡って訴えているところが好感。そのものズバリを丁々発止なセリフのやりとりでもしているし、たとえば悪のアジトの床のデザインが! もう昔の007っぽいし!
さらに007での、Mとかマネーペニーとかが通信しようとするジェームズ・ボンドの、任務そっちのけでしっぽり美女といいところで終わるラストも踏襲、というよりは如何にもマシュー・ボーン的というか今様というか、ハードコアにオマージュされていたりもして。
ほかにもルーク・スカイウォーカーとメイス・ウィドウの短いながらもよもやの競演があったり。
で、キリがないいいところを最後に2つで締めると、まずはかつては同胞監督のガイ・リッチーお気に入り、いまはマシュー・ボーン作には欠かせない存在のマーク・ストロングが、もう最高にかっこいい! 「これは、オレのだ。」サイコー! 個人的にはコリン・ファースなんかより断然よかったっす!
そしてなによりそのコリン・ファースをさらに差し置いて、もうほとんど主役といっても過言ではないエグジーを演じるタロン・エガートンなる若手俳優の魅力。続編、もちろん彼主役でイケるでしょ。

その他ぜんぜんトップ10には入らなかったけど、「セッション」のマイルズ・テラーとか、「メイズ・ランナー」のディラン・オブライエンとか、「スター・ウォーズ」のデイジー・リドリーとか、8位の「EX MACHINA」や「コートーネームU.N.C.L.E.」のアリシア・ヴィキャンデル、そして今作のタロン・エガートン...なんだか若手俳優の活躍が目覚ましい1年だったなと。

# by wtaiken | 2016-01-24 01:25 | なんでもベスト10 | Comments(0)

自殺まがいの特攻野郎、新しいトレーラー   

というか、リークされて仕方なく公開したコミコン版予告篇は正規のリリースではなく、今回の予告篇こそが第1弾だとワーナーBros.は言い張っているそうですが、1弾だろうと2弾だろうと観ているこっちにはどうでもよく、ただコミコン版が、これまでのDCコミック映画的、すなわちクリストファー・ノーランの「ダークナイト」の影響下にあるような、格式高そうで深刻で暗いストーリーっぽそう、というぼちぼちネガティブになりつつある雰囲気から一転して、テンポもいいしノリもいいし、笑いも散りばめられてそうだし、ポップ感もあって、2年前に予告篇がリリースされてから間が空きすぎて、公開前から「もういいんじゃね」くらいに言われもしている「バットマンVSスーパーマン」よりも、もう断然面白そうに思っているのは、私だけじゃないんじゃないかしら?

ランキングの箸休めにどうぞ。




予告篇の出来にしたって、「バットマンVSスーパーマン」の方は既視感がありすぎ。というのもカラーリングといい、スーパーヒーローが集う感じといい、なんだか同ザック・スナイダー監督作の「ウォッチメン」の二番煎じに思えて新鮮味が乏しいからで、比べて「スーサイド・スクワッド」は、やっぱりマーゴット・ロビーのハーレイ・クインが作品の底上げに貢献しているような、もう彼女を観てりゃいいくらいの目立ちっぷり。よいねえ。
ついでながらもジャレッド・レト版ジョーカーも、コミコン版よりはいい感じに観えてきた。こりゃ慣れてきたのか、今回の予告篇ではあまりセリフがONされてないからか...?

いまだに日本では「2016年公開」とまでしか決定しておらず、果たして全米8月5日公開からどれくらい遅れての日本公開になるのかが気になるところ、続報が待たれます。

# by wtaiken | 2016-01-21 06:55 | Comments(0)