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さらば、宇宙戦艦...じゃねーや 犬神家の一族   

映画のいっとう最後に流れるエンドロールを、ひとりも見逃すまいと私は目を凝らしていたのだ。

ロール中、女優ひとりひとりにお抱えメークがついていることに改めて驚きもし、広告業界に身を置く私はタレントひとりの撮影ですらずいぶんと気を揉むというのに、こりゃ現場の混乱たるやCMの比ではないんだろうなどと想像をめぐらしたりする。
一体弁当の数はどれくらいに昇るんだろうか。なにせお抱えメークがひとりひとりに付くわけだから、昼時ともなると、おそらくスタジオは弁当の山で埋め尽くされてしまうのだろう。
「おい、そこ! 弁当見切れてんよ!」
「へーちゃん(石坂浩二の愛称)の肩に乗っかってる弁当って、それ小道具なの?」「いえ。違います!」「だったらとっととわらえよ!」
空腹も手伝って、スタジオには怒号が飛び交うのだ。
「じゃ、キリのいいところで、みんなもイライラしてきてることだし、そろそろお昼にしまぁ〜す!」
助監督の鶴の一声で、昼めし時に突入だ。おそらくサード助監督は、メニューをめぐってやいのやいのと文句の出ない配慮で、肉・魚・中華などとヴァリエーションをもたせ発注しているだろう。まずまっさきに弁当の山に駆け込んだのは、今年90歳を迎えた市川崑監督だ。
「おい。全種類弁当の蓋を開いて中身をみせろ」
さすが巨匠はわがままだ。
「えーっ。やっぱ3種類もあったら迷っちゃうじゃん! まったくなにやってんだよ、サードはよぉ!」
裏目に出るとはこのことだ。やっぱり映画の現場は大変だ。
また別日のことだ。その日撮影は意外とスムーズに片づいてしまい、一族の出番が終わったのが正午ちょい前の11時14分で、みな一様に「またどうせ揚げ物なんでしょ。だったら早く終わった今日くらいお弁当はよろしくてよ!」だなんてわらわらと帰ってしまい、こうなると"一家"ならまだしも、"一族"ともなると余ってしまう弁当の数は半端ではなく、それに女優ひとりひとりのお抱えメークの分も余剰弁当に加算され、とても3人体制の助監督の腹レベルでは処理しきれないと踏んだ市川崑組スタッフの、他撮影隊へのお弁当ダンピングがこうしてはじまるのだ。
「お弁当はいらんかねー。安くておいしいお弁当はいらんかねー」

いやいやいや。こんなことを延々と書いている場合ではなかった。
話をエンドロールに戻そう。

私はこの目でしっかと確認したかったのだ。
キャストのロールが下方から上へ上へ流れては消えていき、そして続くスタッフロールのその中に、"合成処理 阿部太郎"の名前を認めて、私はすっかり感無量になってしまった。

もうかれこれ30年も前の話だ。「阿部太郎」とは中学高校と同じ学舎に通い、そして高校の2年間は同じ映画研究部に所属をし、市川崑のつむぎ出す映像美に心酔しては、互いに将来映画業界に従事することを夢見た仲なのだった。
そして30年経った今、同じ映像の仕事とはいえ、まったく異なる広告業界にいる私に対し、阿部太郎は第一線で活躍していたアニメーション会社を「やっぱり映画をやりたい」一念で辞し、その後も着実に邦画界で実績を積んで、そして今日、「犬神家の一族」でついに宿願の市川崑組に名を連ねるという、よどみなく夢にまっしぐらに突き進んできたわけで、エンドロールがすべて終わったあとの会場には淋しいばかりのまばらな拍手が沸き起こってはいたが、私はひとり、その阿部太郎に向けて心の中で人一倍大きな拍手を贈ったのだった。なんともうらやましい男だ、阿部太郎は。


さて、市川崑監督は、東京国際映画祭のクロージングセレモニーの壇上で「どうぞご覧になって厳しい批評をくださいますようお願いいたします」と挨拶したということだ。だからというわけではなく、両手を揚げてこのブログで応援してきた手前、きっちり評価することもファンの勤めであろうと思うし、観賞当日私は一切贔屓目に観るつもりも、また逆に好きであるが故に厳しくチェックするつもりもまったくなく、ただただ真っさらに映画を愉しむ一心で観たその一部始終を、包み隠さず感じたまんまに書くつもりであったのだ。
ただ数日が経ちつらつらと考えてみるに、映画は12月に公開を控えている現状で、いくらブログとはいえこうして不特定多数に公開している以上、ネタバレも含めかなり細部に渡って語ってしまうのは、ゴング前にいきなりパンチを繰り出すような道義に反する気にもなって、しかも中学からの古い友が関わっている映画でもあり、そんなわけで、別にもったいつけるつもりはないのだが、ここは一月ばかり遠慮をして、微にいり細を穿つ感想はひとまず公開後まで控えることにした。

それでもなんだか予告までしておいて、これっきりじゃ失礼な気もしたりなんかして、だったらここは大きな視座でひとつ感想を言うことにすると、結局のところ新しい「犬神家の一族」はこの感想に尽きた。
「果たして30年たった今、改めてこの映画を創る意義を監督自身が探し得たのか」という疑問ばかりが残ったということ。
例えば一本のシナリオに対し10人の監督が映画を創ったとする。それがみな同じキャストを使ってでも、言うまでもなく映画はまったく異なる10本の作品となって完成されるはずであり、つまり私は今度の「犬神家の一族」で、30年を経て老成した市川崑だからこそ撮り得る、前作とはまったく別の「犬神家の一族」を観たかったのだ。そこに期待をしたかった。
そりゃ同じ監督が撮るのだから、どこか観たようなシーンがいくつか散りばめてあってもそりゃ仕方ないと思えるだろう、ところが映画はことごとくがまるでセルフパロディーのように、セットもアングルもカット割りまでもがなぞられていて、これでは監督自ら冒頭から戦うことを放棄し白旗をあげ、76年の「犬神家の一族」こそがやっぱり自己ベストでしたと声を大にして言っているような映画にしか観ることが出来きず、だから正直なところ、"落胆した"というのが一番の感想なのでした。ホント、残念だった。

と、書きながらも、やはりもとから興味のあった人は、こんな感想に左右されずに自身の目で確かめに劇場へ行くべきだと思うし、観たらまったく正反対の感想を持つ人もいるんだろうし。
映像を生業とする一人として、少しまともな分析と評論は、そんなわけで12月16日の公開を待ってからに。だから表題の「さらば」ではなく、まだ「つづく」ということで。

それにしても、この手の「あの頃の夢よ、もう一度」的なリバイバル・リメイク作品に我々世代はどれだけ落胆させられてきたのだろうかと、つくづく思った。
例えば実相寺昭雄×佐々木守の「ウルトラQ ザ・ムービー」しかり、「スターウォーズ」の新三部作しかり、コント55号(古っ)の復活ライヴしかり...。(←最近もあったけど、15年くらい前の時もガッカリしたなー)
創られるべくして創られた時代と、そしてその作品や人に出会えた多感な時期。だからこそ深く胸に刻まれているはずなのに、ついつい「またやる!」となると、何度裏切られても期待してしまう悲しい性。
思えば、「カリオストロの城」以降、ルパン三世の映画化オファーを拒み続けた宮崎駿も、壮絶な死で幕を引いた"念仏の鉄"という役柄を、もう一度復活させようとする必殺スタッフの要請に結局応じなかった山崎努も、ファンのひとりとしてはそりゃもう一度観たかったけれど、やっぱり賢明な選択だったとしか言いようがないし、なにかと過去を引きづりすぎる世代のひとりとして、自戒を含めて、それはあまりにも美徳である気がしてならない。
だからもう私は、決して「椿三十郎」のリメイクには期待しないのだ。剣をとっては日本一の役者バカ、三船敏郎でなければ成立しない映画に決まってるんだから。

だなんて、「犬神家の一族」を観てそんなことを考えていた矢先のことだ。
な、なんとショーケンが、来年「傷だらけの天使」を映画化!のニュースを知ってビビックリ&ショショックで、開いた口のアゴが外れて塞がらないとはこのことだ。まさに暴挙である。
「影武者」出演以降のショーケンを、「ショーケン2号」と呼んでは別人扱いしている私だが、奔放に天才ぶりを発揮して時代のカリスマたりえた「ショーケン1号」の頃の続編ならば大いに浮かれもしたろうが、目をむき大仰に抑揚のついたセリフをはき、かと思うと力が入りすぎて声が裏返っちゃう「ショーケン2号」の"修ちゃん"を一体誰が待ち望んでいるというのだろうか。

潔かったはずなのだ、「傷だらけの天使」は。
本放送でこそ低視聴率だったけど、再放送を重ねるごとに、おそらく製作者サイドのコアターゲットと考えていた年代よりちょい下の、つまり当時中・高生あたりに人気爆発。学校では男子の多くが給食の牛乳を口で開けたものだし、アキラの「あにきぃ〜」も口真似たし、ショーケンの走り方まで真似たもんだよ。(オレだけかい?)
そんな我々周辺世代に多大な影響を与えた「傷だらけの天使」は、その後何度も続編の企画が持ち込まれたようだけど、祭りのあとのような余韻を残し完結した最終回以降に、物語などつくりようがないと断りつづけたショーケンも、あーみえて賢明な選択のできる男だと思っていたし、結局二度とつくられないからこそ"伝説のドラマ"として今も愛され続けているんじゃなかったのか。

岸田森や西村晃は鬼籍に入ってしまい、「あぎら〜!」と頼りの相棒もいないうえに、代々木のペントハウスまで壊され帰るところとてない「傷だらけの天使」を、それでもショーケンはつくるというのか。
あのドスの利いたゆったりめの演技で「綾部のババァ!」と言うのかショーケンは。
目をむき、声を裏返し、「たまらん節」を唄うのかショーケンは。
CMですっかり手垢のついた井上尭之のテーマ曲を、太ってしまったショーケンが目を覚ますオープニングにかけるつもりなのか...。
最終回、アキラをゴミための夢の島に捨て去り、ひとり虚しく空のリアカーを引きながら力いっぱい駈けていく木暮修のその行く先に、一体なにが残っているというのだろうか。

まあ今年いっぱいで「犬神さん一家情報」も完結することだし、そのあとは「修ちゃん情報」で引き継ぐかね。って、おいおい、まさか私は期待しているのでは?

by wtaiken | 2006-11-03 03:09 | 犬神さん一家情報 | Comments(7)

「今晩明らかに!」とか言って...   

今晩も「犬神家の一族」感想書けねーっす。
感情が高ぶって、整理がつかないから。嘘。時間がなくってさー。
大変なんだな、大人は。

てなわけで、チラシで茶を濁す。
こうして改めて見ると、76年版のマスクは、黄色と鶯色の中間色に微妙にくすんでいたけど、今度のは白いっすねー、ずいぶんと。
それと、いくら火傷の痕ったって、目の縁黒すぎね?
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by wtaiken | 2006-11-01 00:20 | 犬神さん一家情報 | Comments(2)

「犬神家の一族」観たよ   

観たよ。犬神家。東京国際映画祭のクロージング。セレモニーのない六本木ヒルズに。
えーっと。
ま、詳しいレポートはさ、今晩にでも書きますよ。
んでその予告をしておくと、あのー...、これからこの映画を観るつもりの方はね、決してレポート読まないようにな。
結構細部に渡って検証するつもりなので、ネタバレもあろうと思うし。別に、もったいつけるつもりはないんですけども。

この冷めた口調からも、おおよそどう私が感想をもったかの察しはつこうかと思いますが。
んー。
ま、とにかくすべては今晩明らかに!

by wtaiken | 2006-10-30 00:11 | 犬神さん一家情報 | Comments(6)

公式サイト、オープン   

『犬神家の一族』、12月16日(土)公開決定!
初日、『スターウォーズ』のように、みんなコスプレして観に行くんだろうなー。
自作のマスク被った佐清とか。もちろん私は、金田一耕助の格好して観に行きます! 嘘です。
んで、公式サイトがオープン。

琴の師匠、草笛光子。
これで、横溝×市川×石坂による昭和の5作と今回のリメイク、すべて出演しているのは加藤武、大滝秀治についで3人目。
"おやっさん"小林昭二と三木のり平が存命ならば、この二人ももちろん出ていたでしょう。
そういえば、前作で三木のり平が演じていた柏屋の亭主、木久ちゃんじゃなく、息子の三木のり一にすればよかったのに。
その柏屋のおかみさんが、中村玉緒。
市川崑作品に中村玉緒が出るのって『黒い十人の女』以来でしょうか? ちなみに前作ではこの役、女優さんではなく、スタッフの結髪担当沼田和子という人が演ってました。

端役に至るまで、贅沢といえば贅沢。にしても、近年希にみる高齢キャスティングになってますね。

まだこれといったスチルは公開されてませんが、公式サイトには、いづれ予告編とかアップされるんでしょう。8月まで撮影が延びたようなので、予告編第一号は、9月あたりアップでしょうか。秋を待ちましょう。

さ、今日はこれくらいで、仕事だ仕事。ではまた。

by wtaiken | 2006-07-31 03:19 | 犬神さん一家情報 | Comments(0)

久しぶりに情報入手   

先日テレビで『日本沈没』の宣伝番組を観ていたら、こんなシーンがあった。
潜水艇「わだつみ」のパイロットを演じている及川光博が、日本の危機に直面し、家族に思いを馳せる。思わず手に取る家族の写真。子供と奥さんがニッコリ笑っている。その奥さんがサトエリだ。
私は思わず叫んでしまった。「でたよ! カメオ出演!」

どうもこのカメオ出演というものが私には大いに疑問に思えてならない。この映画を観ていないから断言はできないが、例えばはじまりこそ「おいおい、ミッチーが出ているよ」感覚で違和感がありありだったのに、映画は進むにつれ次第に物語の役柄に馴染みはじめてきたとする。なんだかもうミッチーが潜水艇のパイロットそのものにしか見えなくなってくる。そこにいるには海に潜ってうん十年の男だ。ところがその矢先だ。虚を突いて突如奥さんサトエリが登場する。それが奥さんだと潜水艇の男は言うのだが、なんの前触れも描写もなく、しかも写真のみでサトエリが出てきてしまうと、それはサトエリにしか見えない。「サトエリじゃん」。それは家族の写真などではない。サトエリが子役と無理矢理笑っている写真だ。
かように、せっかく映画の世界に入り込んでいる感情が、これでは現実に引き戻されてしまい途端に映画は台無しである。そんな写真でしか出てこない奥さんなんか、仕出しの役者さんにしてほしい。例えば、仕出し歴10年の、利根真理子28歳が奥さんだとする。誰も「あ。トネマリが出てきた!」などとは決して思わない。当たり前だ。知らないんだから。だから流れの中で、単純に奥さんなのだと思えるはずだ。
私は、なにもリアリティーこそが映画だとは思わないし、贅沢なオールスターキャストも醍醐味ではあるのだろうが、とはいえ映画の邪魔をするかしないかのキャスティングを見極める必要はあると思う。
これは私だけの感覚なんだろうか。映画を観る誰もがサトエリの登場に歓喜し、やんややんやの喝采。いよ! 待ってました! なのか。カメオ出演バンザイ! なのか。

先日テレビで観た『突入せよ!「あさま山荘」事件』もまた、カメオカメオの連続には驚きを通り越してあ然とさせられた。
映画はほぼ100%警察側目線で事件が描かれ、だから重要な役柄であるはずの連合赤軍犯人たちは逮捕時ようやくその顔を一瞬垣間見せるのだけれど、それが武田真治や鈴木一真で、いちいち「こんな人をキャスティングしましたが」具合にストップモーションまでかけられて、久しぶりに私は椅子からズッコケてしまった。
それは犯人たちが警察に拘引される動作の中の、あまり使う意味を感じないストップモーションであり、映像を止めてまで顔を見せるくらいだったら、わざわざそんなところに有名人使わなきゃいいのにとつくづく思った。
他にも人質の奥さんが実は篠原涼子だったり、重機操縦者が椎名桔平だったりと、いづれもほぼワンカット出演のみで、その都度「あ。しのりょう」「あ。きっぺい」といちいち思わされ、だからこの手の端役に有名人を使うカメオ出演というやつは、まっく映画にとって百害あって一理なしだと私は思う。
なんだろうか、監督の「見ろ、私の交友録を!」みたいなものなのだろうか。「私が一声かければ、手弁当でこんなメンバーがチョイ役で出てくれております」なんだろうか。

さて、久しぶりの犬神家の情報です。
76年版で原作者横溝正史自らカメオ出演した役柄、金田一耕助が停泊する那須ホテルの主人が、リメイク版では三谷幸喜に決まったそうです。
…。
断固反対—! 余計なカメオ出演—!

ついでにロケ情報。

by wtaiken | 2006-07-20 06:09 | 犬神さん一家情報 | Comments(0)

走る64歳   

普段街中で全力疾走を見かけることは希で、だからたまに地下鉄の通路などで一人歩く私の後ろから駈けてくる小刻みな足音には、わけもなく身構えてしまう。
カッカッカッカッ。
ただ闇雲に走りたくなる衝動だってあろうが、おおよそ走る人には走らなければならない"訳アリ"のはずで、それは待ち合わせやなにかの定時に間に合わせるための行為だったりするのだろうし、たまには誰かを追いかけていることもあろう。
いうまでもないが"走る"行為には、それなりの事情があるはずだ。
たいがいはその事情先は私にはないので、だから何事もなく追い越され、なぜか少しくホッとする。もしくはただ走りたい人が走って、ただ私を追い越しているのかもしれないのだが、そんなのは未確認だ。

"走る"には、目的に向かうベクトルの走りと、なにかから外れるためのベクトル、いわゆる逃げるための走りの二通りがあるが、社会生活においてはほとんどは前者であろう。顔つきを見れば容易に判断できる逃げるために必死に走る人を、せめて一度くらいは見てみたいものだが、まだその機会に恵まれない。
さらに言うなら、目的のために必死に走れる人の、その多くは若者である。
42歳の私の例を引くと、少し走った程度で行程に掛かる時間が数分ばかり短くなってもさのみ大局に影響なしと、もはや無闇には走らない。
もちろん体力の問題もあろうさ。

ランチタイムがあと5分で終了だ。
走らないね。
走れれば10分の遅刻が7分になるかもしれない。
走らないな。
オリバー君来日。
走らない。

つまりこの歳にもなると、走るにはかなりの事情を要することになるわけだ。
64歳が走る。ここにはかなりの事情が察せられる。

おそらくまだ書店に並んでいる『日経エンタテイメントMOVIE DX 6月増刊号「ダ・ヴィンチ・コード」詳細謎解きBOOK』の87ページに、64歳の石坂金田一耕助全力疾走の写真が掲載されている。
一体なにがあったのだろうか。言うまでもない。殺人事件があったのだ。

もちろん(たぶん)殺人現場に向かう金田一耕助の走りである。まさか現場から一目散に逃げる金田一だったらビックリだが、そんな設定をも覆す大幅な脚本の変更はありえないだろう。
なかなか64歳の疾走は、見られるものではない。こうして石坂浩二もスチルでとらえられてしまうと、30年という経年を思わずにいられないが、ムービーでならもう少しは若々しく見せてくれることを期待しつつ、それが物語の中であるにしろ、目的に向かい走れることをちょっぴりうらやましくも思うのだった。
こと私にとっての、若さへの証。
よし今度走ってみるか、たとえ些細なことでも。
近くのスーパー、タイムサービスで卵が大安売り。
走るよ、息せき切って。もうなんだって。

さて、興味を持たれた方は是非『日経エンタテイメントMOVIE DX 6月増刊号「ダ・ヴィンチ・コード」詳細謎解きBOOK』をご覧ください。
それにしても、そのスチル、石坂浩二の下駄あたりから判断すると切り抜いて合成された風に見えるのだけど、どうなんでしょう。合成だとすると、なんでまた?

それと情報をもうひとつ。
この『犬神家の一族』の公開日が、2007年から今年12月に修正されたそうです。
おそらくは秋の東京ファンタスティック映画祭出品で初披露、そのあと一般公開、という段取りなんでしょうか。
このあたりの事情、意外とクランク・インしてみたら市川監督が元気なんで、ポストプロダクション(編集・音入れなど)も半年掛けずに順調に進むと判断が改められたのか、はたまた別の理由でもあるんでしょうかね。謎。

by wtaiken | 2006-06-02 01:42 | 犬神さん一家情報 | Comments(0)

深キョン   

女中はるは深キョンだよ。
だいぶ前から、今シーズンの連ドラ主役の女優がキャスティングされるとネット上では噂されてたんだけど、それにしてもどっから情報ソースを得ているんだろうね。当たったし。
記事はこちら。ちと出遅れたかな。

金田一おじいちゃんと、孫娘ほどの年齢差の女中はる。
「汚っくても構わんのですよ。そこに泊まれと言われたもんですから...」「私、そこの女中です」
「生卵」「ひどいっ!」
「どーしたの、食べないの?」「だって食べてる暇がないんですもの」
この空で言えてしまうギャグだけは、なんとか変更にならないもんかね?
いくらなんでももう笑えないでしょ。
深キョンの女中で、映画のテンポがほわんほわんとなってしまうこと必至!
ま、『下妻物語』で頑張っていた実績に期待しましょう。

てなわけで、めずらしく一日二回更新!!

by wtaiken | 2006-05-26 18:00 | 犬神さん一家情報 | Comments(3)

金田一耕助は、どこから来るのか   

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『犬神家の一族』冒頭タイトルあけ、遠景に駅の見える街路を、ひとりの男が歩いてくる。スーパー<那須市>IN。
頭にはお釜帽、よれよれのセルの着物によれよれの袴という出でたちの金田一耕助は、こうしてはじめてスクリーンに姿を現すことになる。
それまでの片岡千恵蔵、高倉健らが演じてきたこの役は、ことごとくがモダンなスーツスタイルであって、未見ではあるがスチルで見る限り、拳銃なんかも構えたりなんかしちゃったりして、おおよそ原作からはかけ離れた存在の探偵だった金田一耕助が、つまりこうして作者のイメージにほぼ忠実なカタチで映像に刻まれるのはまさにこのシーンが最初なのである。
ただスクリーンの外側で観ている我々のおそらくほとんどが、一見してそれが探偵の金田一耕助という認識を、外見のイメージが映像下に定着する以前から様々なメディアもしくは原作から知らされている。しかし物語においてこの時点での彼はまだ未知の存在である。だからどこかで名乗りをあげなければならない。

この人物紹介というものは、物書きの端くれとしても常々腐心するところで、なるべくならば説明的にはしたくないものだ。さりげなく物語の進行の中で、個々登場人物のひととなりが明かされるに越したことはない。ただ自作の芝居の台本などはちょっと特異であって、それが不自然になろうとも、その不自然さをあえて採用し、見得を切って自己紹介を堂々とすることの面白さも狙えたりするのだが、すべてが具象の世界にある映画ではなかなかそうもいかない。
「おっす! おら、金田一耕助! 様々な難事件を解決してきた名探偵だっちゃ!」と突如、那須の街中で見得を切るわけにもいくまい。
だから映像においてはじめて和装の金田一耕助が名乗りをあげるのは、しばらく滞在することになる那須ホテルの宿帳に自ら名前を記すというカタチで、流れに無理なく、しかも画面に大写しされることで堂々となされることになるのだが、ここで注目すべきは、名前の横に、しっかりと住所まで一緒に捉えられているということだ。
そこには、おそらく石坂浩二本人直筆の個性的な文字で、「東京都大田區大森一ノ三...」とある。実に細部なのであるが、個人的な興味のひとつに、このカットが果たして今度の再映画化でどういう扱いを受けるのか、そこを私は大いに注目している。

というのも、市川崑監督は金田一耕助の外見上スタイルを原作に忠実に映像化してみせながらも、人物設定には独自の解釈を与えているからであって、それは、
「原作だと、金田一耕助にはちゃんとスポンサーがあって、アメリカへ留学したりしているんですが、そういうことを全部やめまして、とにかく金田一耕助は神様である、どこにいるのか、いつ現れるのかわからない。(略)そして時間がくれば事件を解明して、カバンを下げてどこかへ消えていく。」
といった具合に、どこかに拠点はあるのだろうが、あえて彼の個人情報をつまびらかにしないという視座をとっているからなのだ。どこからかフラリと現れては、また何処へと去っていくという存在の曖昧な設定。
それがさらにシリーズは進むにつれ、"住所不明"どころではなく、"住所不定"の根無し草とまで極端に方向修正されていく。

例えば第三作目『獄門島』では、事件を解決して島を去るラスト、床屋の娘坂口良子から「どこへお帰りになるんですか」と質問された金田一耕助に、当初、このシリーズの共同脚本家である日高真也は、あっさり「東京です」というセリフを与えたんだそうだが、監督から「なんでそんなことを書くんだ、東京かどこかわからないじゃないか」とクレームがつき、結果「さあ。」と答えさせるといった具合なのだ。
「どこへ帰るの?」
「さあ。」
バカかお前は。しっかりしてくれと言いたい。
さらにトヨエツ版の『八つ墓村』に至ると、「どちらにお住まいですか?」という村人の質問に対し、金田一耕助は「困ったなあ。決まってないんです...まあ、風まかせ、ですか」なんて答えている。
あえてとぼけてみたととれなくもない「さあ。」という回答から、ここではより具体的に「決まっていない」と住所不定の宣言をし、かつ自らをもって「風まかせ」などと少しキザなことまで言わせている始末だ。

どこにいるかわからない。
おいらは宿無し。だからあたたかな温もりもやれやしないし、そんなんじゃ連絡もつけられやしない。
でも仕事の依頼をきっちり受けては、難事件を解決してみせます。
どんな設定だ、おい。
まあ、そんな理屈を抜きにしたところで、こうまで徹底して"金田一耕助の実存性"を消し去る意味や、その日暮らしの風来坊ぶりを強調してみせるセリフの必要性を私はまったく理解できないのだが、とにかく監督にとっての金田一耕助とは、月光仮面の主題歌の一節、(決して疾風ではないにしろ)「疾風のように現れて、疾風のように去っていく。月光仮面は誰でしょう」と、この手の神秘性にこそ、ひとつのヒーロー像が強くあるようだ。もとをただせば『木枯らし紋次郎』にもそれは言える。

すると『犬神家の一族』における宿帳に住所を記し、それを大写しで見せているカットは例外中の例外であり、第一作であったからまだ確固とした人物像を結んでいなかったともいえるが、シリーズを鳥瞰すると実に貴重なカットではある。
名探偵シャーロック・ホームズの住所とされる番地には、いまだ多くの読者ファンがそこを訪れるそうだが、個人的には、なにやらフワフワと所在の定まらない宿無しをきどる金田一耕助より、なにもシャーロキアンのようにその旧住所を探し尋ねるつもりはないが、「東京都大田區大森一ノ三...」と書いた金田一耕助の方により魅力を感じてしまうのだ。
『犬神家の一族』のラスト、見送られるのが苦手な金田一耕助が、駅へと向かう古館弁護士、女中はる、珠世、猿蔵、橘所長らを出し抜いて、慌てて予定より一本早い汽車に飛び乗る、その汽車こそフレームの外に置かれて見えていないが、駅のホームの表示にはしっかり行き先が"上野、東京方面"と読めるのだ。
東京からやってきて、東京へと帰っていく金田一耕助。
シリーズ以降には決して観られない、こんな些少な描写があるからこそ、第一作『犬神家の一族』の金田一耕助はより人間的に見える。
住所不定と極端に設定されてから、なんだか金田一耕助はホワホワと実体をなくし、ただ和服をまとった殻だけの存在になってしまったと思えてならない。
だからこそ金田一耕助は宿帳に、今度はなんと記すか気になるのだ。
インタビューや、先の会見でも聞かれたが、最近では「金田一=神様」ではなく「金田一=天使」などと市川崑監督は称しちゃっている。地に足がつかず浮遊感たっぷりな設定である。どうか是非とも金田一に人権復興を!と言いたい。

新しい犬神家の金田一耕助は、果たしてどこからやって来て、そしてどこへ去っていくんだろう。

by wtaiken | 2006-04-11 20:38 | 犬神さん一家情報 | Comments(4)

続報と、シナリオについての考察   

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5日の製作発表記事でなにより驚いたのは、「テーマ曲も同じ楽曲を使用する予定」ということで、しかもシナリオも「9割は前作と同じ」であり、ファンとしてもうれしい反面、やっぱりどうしても今回のリメイクはますます不可解ではある。
「キャスト以外はほとんどオリジナルのままの異例のリメーク」と記事にあるが、一部キャストもオリジナルのままだし。
つまりそこまで前作を踏襲するならば当然こうも言いたくなるではないか。
「おいおい。だったら前のでいいんじゃないか」

例えば一度創ってみたものの、製作費その他もろもろの悪条件で監督として納得のいく作品に仕上がらなかったとか、なんかそうことなのかというとこれがまったく逆で、1月に行われた記者発表の際、監督自ら「先日改めて『犬神家の一族』を観たのですが、これがよく出来ているので困まりました」だなんて、ますます「だったら前のでいいんじゃないか」だ。

金田一耕助のイメージを、なんか唐突に変えたくなった。原作者の横溝正史も亡くなっていることだし、ここは奔放なイメージで監督は金田一をこう創り変えてみたくなってしまったのだった。
「丸刈りでメガネ、燕尾服を着てい、ちょっと女にだらしなく、すこぶるエッチである。すべては女をかき口説いて口を割らせる推理が売りの名探偵」
とかなんかそういう驚くべき構想の果てのリメイクでももちろんない。
曰く「その役は石坂ちゃんしかあり得なかった」。
そういえば96年の『八つ墓村』製作時にも、最終的には会社側の意向、若い金田一=当時人気のトヨエツの線で折れたけど、強く監督は金田一=石坂浩二を推したそうだし。
いよいよもって「だったら前のままでいいんじゃないか」である。

シナリオの「9割は前作と同じ」という発言は「ほとんど変えません」ということと同義である。修正が施されるのは本筋とはまったく関係のない会話であろうと憶測する。
それと2時間半の映画を約2時間にまとめたいという(おそらく配給側の)思惑から、セリフを刈り込まなければならない。その程度の修正がなされる程度のことであって、映画の流れそのものは一切手が加えられることはないだろう。

なるほど前76年版のシナリオを改めて読むと(テキスト「キネマ旬報」)、原作をうまいこと料理していて、確かに申し分ない出来である。
原作から大幅にごっそりオミットされているのは、わずかに以下の2点のみで、あとは見事に原作で描かれるすべてをシナリオ上に濃縮抽出している。
(ここより先は、ネタバレも含まれるので、今後原作もしくは映画でストーリーおよび犯人捜しを愉しみにしておられる方はご遠慮ください。優しい。いやルールとして)

その2点とは、
1.琴の師匠が実は青沼静馬の母、菊乃であるという事実。
2.湖面に逆さまになり二本足だけだして死んでいる佐清の意味と、それについての金田一耕助の推理。
これのみである。(もちろん細かい直しは多々あるが)

この2点が削られたことにつき、公開時個人的には物足りなさをずいぶんと感じたものだったが、これを今の目で改めて考察すると、このオミットこそは映画を成功に導く的確な判断であったろうと確信している。
なぜこの2つは削られなければならなかったか。まず1について。

映画『犬神家の一族』で、監督以下製作スタッフは、物語の核心およびテーマを"母子愛"に求めている。
青沼菊乃を生存させ、琴の師匠として松子と関わりを持たせることは、すなわち犬神三姉妹の青沼母子に対して行われた陵辱が、それを受けた本人はもちろんのこと、観客にとっても生々しい記憶となり、怨恨はより一層深まってしまう。"怨恨"をテーマにこの物語を読み解くならば、これは重要なパーツである。が、市川版『犬神家』はくどいようだが"母子愛"なのだ。観客の心情を犬神松子、佐清母子へ向かわせたい重要な局面で、それは最大の被害者青沼母子へとシフトしかねない。さらに名乗り合うことなく静馬が殺されてしまうというあまりに悲惨な顛末に至っては、さらに菊乃に対する憐憫の情は増大し、これが大いに邪魔になってしまうのだ。描かれるべきは、あくまで松子佐清母子の深い愛情ゆえに引き起こしてしまう犯罪の、その悲しみこそに焦点は絞られるべきであり、テーマをボカしてしまうおそれがある琴の師匠=青沼菊乃、そして青沼母子の愛情は、当然削除されなければならない要素なのだ。
これが、描くべき物語を重視し、テーマを明確にすべくとられた賢明な選択であったと思うゆえんである。

続いて2について。
『犬神家の一族』の生命線、推理ドラマとしての最大の面白さは、殺人犯と、それを犬神家に伝わる家宝、三種の神器「斧・琴・菊」になぞって死体を偽装した事後共犯者とが実は別々であったという点に尽きる。
それを画策し、実行したのは静馬、佐清であり、そして最後の犠牲者である湖面に足だけ出して逆さまになって死んでいるのはこの静馬である。
原作では、細いひもによって絞殺された静馬を如何に三種の神器になぞるかを考えた犯人が、咄嗟の思いつきで死体を逆さまにしたとなっている。そこで金田一耕助は「子供だましの判じ物」と称しつつ以下の推理を展開する。
スケキヨを逆さまにすると、ヨキケス。その上半身、つまり下半分が見えないから、ケスがない。残るはヨキ。こうして犯人は斧・琴・菊(よき、こと、きく)になぞられた連続殺人を完結させているのだと説くのだ。
これは確かに話としては面白くはある。が、あくまでも文章上のギミックの域を出ないし、シリアスな局面でこのなぞなぞめいたトンチで答えてみる犯人というもの如何なものか。突然の一休さん化。犯人がこの洒落っけを思いつき、思わずポンとヒザを叩いたかどうかはわからないが、それを実行に移すというのは、どうにも人物像としっくりかみ合ってこないのだ。
そこはスッパリとストレートに斧で殺す方が順当であろうし、凄惨に血が飛び散る殺人シーンは、猟奇的連続殺人を標榜する横溝正史作品において映像的にも効果的である。上記の金田一耕助の推理も説明過ぎて、映像化にはそぐわない。
原作の面白さを理解しつつも、映像化おいて効果的でない、もしくは欠点にもなりかねない部分はキッパリ捨て去った結果の賢明な削除であろう。
ただ"湖面に二本足"の画は、映像としての面白味があるいう判断でそれだけ採用し、冬でもないのにニョッキリ逆さま立ちさせてしまう強引さも、(原作は冬の物語であり、湖面が氷結することで逆さま死体が可能になるというくだりがある)まさにその画こそが宣伝として強烈な記号化をし、観客を牽引して興行的にも成功をおさめたことを考えれば、映像すべてに余分な説明など必要ないのだ、という腹の括り方が、映画の虚構性を十二分に熟知した監督およびシナリオチームの功績であろうと評価している。

と、どこからどう見ても話は「だったら前のでいいんじゃないか」に終始してしまう今回のリメイクであるが、ある記事に、今回リメイクの謎を解くよすがともなるプロデューサーの発言が出ている。要約するとこういうことだ。
「いい作品だから、今の若い人、新しい観客に、新しい作品として是非観てもらいたい。しかしあれを映像化するには、市川崑本人しかありえない。だからもう一回創ってみてはくれまいか」
確かに面白いから観ろったって、新しく公開される映画と、30年前の旧作のレンタルおよびセルじゃ、そこに動く人数は格段に違うだろうからね。
しかしそう説得されちゃあ監督冥利に尽きるというか、クリエイターの業というか。そもそも監督なんてものは、自作に対して100%の満足なんて決して得られないものだし、予算も物価の違いこそあれ、当時2億うん千万で創った作品を、今度は10億かけて撮ってもいいよってんだから、そりゃ断らないでしょうね、普通はね。
絶対条件のひとつ、金田一=石坂浩二が歳のわりに老けていず、ハゲてもいなかったことが幸いした。
「上等じゃねーか。んだったら、60歳の自分の創ったやつより面白いもんを90歳のオレが創ってやんよ!」
こうも荒々しく市川崑が見得を切ったかどうかは知らないが、ともあれ監督の男気炸裂リメイクに、「期待しているのは会田だけなのではないか」と言われもするが、そういわれるとますます躍起になって応援したくなるというものだ。がんばれ、90歳の大一番。

続報:1.毎日のカメラマンは、奥菜恵ファンだろうか、の、 たくさん写真見られます
   2.配給東宝のHPでは、さすがに製作会見の模様が細かく記されてる
   3.リメイクについてのプロデューサー発言あり。またスタッフも若干記されてます

3のスタッフ表を見ると、やっぱ予想通り音楽は谷川賢作! つまり大野雄二の正式なクレジットは"テーマ曲"のみ。"犬神家=あの曲"は、つまり007やスパイ大作戦と同じ扱いってことなのね。
それと76年版ファンはみな"女中はる"は誰がやるのか気になってるんだなー。まだ未定だそうですよ。

by wtaiken | 2006-04-08 06:05 | 犬神さん一家情報 | Comments(2)

朝刊3誌!   

いんやー、来たね。

もー朝も早よからコンビニ駆け込んで、朝刊3誌も買っちまいましたよ、ええ。
そりゃもうなんたってね、そー! 工藤ね! 工藤がやってくれましたよ、同い年の工藤がさ、今期初勝利! 今年の巨人は期待できます......よ......ええ......。
もういいすか、ひとりでボケるの。

『犬神家の一族』キャスト、出ました!

昨日、ついに『犬神家の一族』の製作会見が行われて、主要キャストの発表があったわけで、先だってここでキャスト予想をした身としては、なんか合否を確かめる受験生のワクワクそわそわ気分で新聞を開いたというわけ。ちなみに3誌とは、サンケイ、スポーツ報知、日刊スポーツ。
中でも日刊スポーツが、前76年版と今回の新旧キャストを比較する表をちゃんと掲載してくれていてオススメです。しかもへんな感じで、76年版のスチルに、今回の製作発表時の顔写真もハメこまれてますしね。
さて、今回のキャスト、私の予想はこんな感じ。
んで、その日刊スポーツの表がこれ。
c0018492_740766.jpg

デカイ?

まずは三國連太郎が演じた犬神佐兵衛。●で予想したけど、ま、予想範囲内の仲代達矢でした。一応中り?

犬神松子は大外れして、富司純子。そうきましたかー。
他姉妹の予想はしなかったけど、竹子に松坂慶子は意外でした。なにせあまりにも松竹臭の強い女優さんだったからね。
きっと出るだろうけどと予想しつつも出て欲しくなかった萬田久子が梅子。
てなわけで、犬神三姉妹は、前キャストより美しめ、だけどずいぶん痩身という感じになりましたね。

佐清も外したなー。尾上菊之助だって。しかも珠世より年上に設定するはずだ、の予想も外れて松嶋奈々子よりも年下でした、尾上菊之助は。

古館弁護士は中村敦夫。最近ワイドショーに出ている氏を見たとき、案外いい感じに老けていたので「古館ありかも」と思っていたのだが、(市川監督とは『木枯らし紋次郎』からの古い縁)そんなの発表されたあとに言ってみても、ということですね。ちょっと金田一とのコンビで、二人とも格好良すぎる気がしないでもないが。

大当たりしたのは大滝秀治で、同一神官の役柄で再登場。
懸念の加藤武もやっぱり警察署長で出ることになりました。...。なんとか頑張ってほしいとしかいいようがないなー。
石倉三郎もやっぱ出すのか...。
尾藤イサオもキャスティングされると踏んでいたが、加藤武の部下の刑事役。これはいいんじゃないでしょうか。
猿蔵の永沢俊矢は、あ、なるほどね。
女中はるや琴の師匠、青沼菊乃あたりのキャスティングがまだ発表されてませんが。

とりあえず速報ってとこで。
ガシガシとワイドショーでこの記者発表流れてます。どこも松嶋奈々子の話題でもちきりなので、まずは製作側としては思惑通りということなんでしょうね。
案外和服似合うんだ、なんて思ったりしました。

追記:記事も出ました。   
音楽もルパン三世でお馴染みの大野雄二作曲76年版そのまま使用とは驚きっ!

by wtaiken | 2006-04-06 08:02 | 犬神さん一家情報 | Comments(4)