カテゴリ:一方的になにかに挑んでみる一年( 1 )   

二枚でどうだ   

ワールドツアーという劇団名なのだから、受付には断然自動改札機が欲しい。
飛行機へ搭乗の際に通過しなければならない、あれをだ。
だから受付嬢はみな客室乗務員の格好をした外人ばかりで構成され、中には黒人女性も欲しいところだ。芝居のチケットはその自動改札機を通すと半券が出てくる、もしくは穴が開く、でもいい。客室乗務員スタイルの受付はただそこに立ちつくし、一言「いってらっしゃいませ」と言い劇場内へといざなう。どうだ。
「どうだって...」
「面白いだろ」
「まじで造るんすか」
「当たり前じゃないか。今日から取りかかれ」

"お前はひとりプロジェクトXだ!"という技術者にとってはグッとくるはずの口説き文句に揺らいだものか、渋々と前公演の半年も前にそんな私の理不尽な厳命を受けたのは某自動車メーカーの設計をしているやつで、私の中の大ざっぱな括りによる「そっち系の人間」、すなわち理工系全般の人間ならば誰もが意外と簡単に造ってくれるものと確信していたのだが、発注から数週間後あっさりと私の期待は儚くも裏切られてしまった。某自動車メーカーの男は、会うなり切り口上でこういうのだ。
「無理っす」
あ、なによ、難しいんだ、自動改札機つくるのって。
「当たり前じゃないっすか」
まあ即答を避け、とりあえず取り組んではみましたが的な数週間という間を経てから断りは、やや評価に価するが、なんだよできねーんだ、チケットをこっちからそっちへあっという間に運んで穴を空けるくらいのことが。
それでも責任感の強い某自動車メーカーの男は、自動が無理ならば手動で対応しようじゃないかと、大型の改札機まがいの箱の中に自らがスッポリ入り、こっちの隙間から差し込まれたチケットをシュッと取り、中でガシャコンとハサミらしき器具で穴を空け、そっちの隙間からスッと出す、で、手を打ってくださいという。そう言いつつ男はすでに大型の箱に閉じこめられたままで行うその動作をシミュレーションしてみせた。目の前で突如繰り広げられる、暗く狭い空間を想定し何百という数のチケットをさばかなくてはならないはずのそいつの窮屈そうで懸命な、かつ機敏な動作の繰り返しにしばし私は大爆笑であったが、冷静さを取り戻すとすかさずこう言ってやったのだ。
「そりゃ邪魔だ。中止しろ」

自動改札機を造るのは大変なことらしい。なるほどたいして気にもとめず日頃当たり前のように使っていたモノが、改めて考えてみるとなかなかどうしてすぐれた機械だと思われてくる。
例えば地下鉄の自動改札機であるならば、切符には切符に対応し穴を空け、パスネットにはパスネットに対応し、銀色の磁気読み取り面、すなわち裏面へ(正確には知らないが便宜上ここでは裏面とする)入場した駅や残額、日付を印字するわけだし、なんといってもあの強引な感じを与えさせない甘噛みのように切符を吸い込む力具合が、なんともいい感じじゃないか。ほんの少しだけ持っていかれる感じで、明らかに奪い取る力強さとは違うのだ。「ホントすいませんけど、こっちにほんの一時預からせてもらいますよ。ええ」的な吸い込みは見事というほかない。
おそらくこうして鉄道各所に設置されるまでには並々ならぬ検証が繰り返され、その差込口の吸い込み具合に至っては微妙な違いによる力の強弱が幾度となくテストされたに違いない。
「んー。なんかもう少し、こう、キュイーッといい感じに持っていってくれないかね」
「ですね。もう少し緩めにキュイーッなんですよね」
「そうそう。惜しいとこだけど、も少しキュイーッな」
「はいはい。ですよね」だ。

さらに感心してしまうのは、パスネットに矢印と"IN"という文字までハッキリ記されている差し込まれるべき正規の方向でなくとも、つまり逆から差し込んでしまったうっかりものにもしっかりと対処してくれているところだ。
「こっちから差し込んじゃダメ! もー!」などと一切口にしない。なんの苦言も呈さず、裏面には、逆に差し込んだにも関わらず、正規の場合と同じ方向にきっちり履歴を印字してくれているというのだから驚きだ。

だったらだ、誰もがここでこんな疑問が湧くことだろう。
二枚ならどうなんだ。

自動改札機のおそらくほとんどは、例えば残額の足りないパスネット一枚と、足りているパスネットもう一枚を同時に差し込むことが可能となっていて、足りない分を足りているもう一枚から瞬時に計算し差し引きする能力も改めてすごいと思わせるが、とにかく最大パスネット二枚まで差し込みOKとされている。だったら例えばこんないい加減な差し込み方、つまり一枚は差し込むべき正規の方向であるにも関わらず、重ねるもう一枚の方向をついつい逆にして差し込んじゃいましたという状況に対し、自動改札機は如何に応じてくるのかという疑問だ。一枚づつならまだしも、同時に正解と不正解とが混在された、とにかくぐちゃぐちゃしたままで機械に預けてしまうわけで、自動改札機のパニックは必至だと思われる。

で、やってみた。疑問が湧いたらすぐに答えが知りたいのだ私は。

するとどうだい。
自動改札機はなんの慌てる素振りもなく、一瞬の躊躇もなく、見事ダメな状態で放り込まれた二枚をすかさず印字し、きっちり足りない一枚を使い切り、足りている一枚から足りない分を引いてくれていた。本来ならばこんな入れ方をしてしまった私にも、一切のお咎めなしときた。すごいじゃないか自動改札機。まったくすさまじく賢い機械である。
これが手動改札機であったなら、さしもの手動歴30年のベテラン駅員も暗い箱の中で「おいおいおい、こーきなすったか」と慌て、人知れずちょっとあわあわしてしまう局面である。
まったく開発時に、どこまでいい加減な人間に対してのシミュレーションをしているというのだろうか。

しかしここまで隙を見せずに賢いところが、なんだか少し癪だ。
普段かなり苛立たせてくれる、ちょっとのことで機嫌を損ね何度も"ウィーン"とお札を突き返してくるタバコの自動販売機でさえ、比べてみれば可愛げがあるように思えてくる。ダメなところはないのか、自動改札機。
こうなればどうにでもやつの、♪ピンポンと音をあげ「行っちゃダメ!」とばかりに扉を閉ざし、「駅員へお尋ねください」と表示されパスネットを突き返してしまう弱いところを是非とも見てみたい。「すいません、そこまでは考えていませんでした」という自動改札機の、開発担当者が見限ったスペックの限界を知りたい。

ということで、続いて私は表面を下に入れてみた。
つまりいろんな図案が描かれた、履歴が印字されない面を下にして入れてみたのだ。
こりゃあいくらなんでもダメなんじゃないだろうか。
裏返して挿入されたことは感知できても、それをこれまで通りに計算をし印字し人をスピーディーに通すのは無理なんじゃないだろうか。突き返すか、せめていつもよりちょっと反応が遅れるくらいしたらどうなんだ。

いや。ためらいはなかった。いつもと変わりなく淡々と瞬時にさばいてくれた。そうして私をなんなく通すばかりか、きちんと表面を上に、印字面を下に修正して返してくれたのだ、「本当はこっち向きに入れるんですよ」とあくまで優しい感じで。つまりやつの内部では、下にされた表面を上向きにひっくり返す荒技さえ内蔵しているというのだ。計算をし、履歴を印字し、クルリとひっくり返す。どれだけのことをこのマシンはするつもりなんだ。
自動改札機に明るい「そっち系の人間」であるならば知られた当然の結果なのだろうが、私にはそこまでも対処しようという技術者の心意気を感じて、しばし感服し敵ながらあっぱれの体ではあったのだが、なんだかよくよく考えると「はいはい。でたでた」とこっちのやり口を見透かされたような感じでもある。くやしい。

ならば、これはどうだ。
印字されない表面を下にし、しかも矢印で記されていない方向からの挿入。
逆の、また逆だ。正解などひとつもない差し入れ方だ。いくら機械であっても、ひねるのもいい加減にしろ!と腹立たしいはずであり、これをしていよいよ♪ピンポンと鳴らしめ、この無益な戦いに終止符を打ちたいと願った。

結果は知れている。今度は機械に鼻で笑われた気がした。
しかし年が明けてまだひと月と経っていないこの時期早々に、私はいかな勝負たりとも負けは認めたくないのだ。今年一年を占う意味でも、ここは重要な局面を迎えているといっても過言ではない。
次なる手はこうだ。
二枚で再度挑む。
一枚は差し込むべき正規の方向に、そしてもう一枚を差し込むぺからざる方向で重ねるという一度試したやつの、今度はそれをクルリと逆さまに、二枚とも表面を下にして入れてみるのだ。自動改札機の慌てふためき混乱するさまが目に浮かぶようだ。
だから私は今手にするパスネットの残額が足りなくなる日を今か今かと待ち望んでいる。
それでもまだ通すというならば、次には2枚を合わせ鏡のように銀の印字面を隠すように重ねてやるのだ。火を噴いたらどうしようか。

けれど思うのだ。どうやら自動改札機は、通せる方位であるならばすべてに対応すべく開発されてい、きっとなんの問題なく、手もなく私を通してしまうのだろうと。
こうなると混雑時には足並みを乱さないよう、いちいち改札のかなり前からパスネットを手にし、裏・表、前・後を律儀にもしっかり確認してから差し込み口へ挿入していた自分が少々バカらしく思えてくる。
さあどうぞどうぞ。どう入れようと通します、ちゃんと使えるパスネットならね。
それが自動改札機なのだった。


とにかくこうして私の"一方的になにかに挑んでみる一年"が幕を開けた。相手にしてみたら戦われていることすら関知しない一方通行の、まさに無謀にも巨大な風車に立ち向かうドン・キホーテのごとき一年だ、思いつきにもほどがあるが。
初戦自動改札機には負けてしまい、この黒星スタートは少々験の悪い気もするが、とにかく私の"一方的になにかに挑んでみる一年"は、まだまだはじまったばかりだ。

♪〜デタラメに見えるぅー、挑戦はつづくぅー〜byフリッパーズ・ギター

※良い子のみんな。この実験は、ちゃんと後続に迷惑のかからないよう人気の少ない頃合いを見計らって行っているのだよ、当たり前かー。

by wtaiken | 2006-01-23 05:30 | 一方的になにかに挑んでみる一年 | Comments(4)