カテゴリ:ああ、監督人生 ( 46 )   

ロケはつらいよ。北海道篇   

羽田から飛行機で北海道へ、機中の約1時間半を快適に過ごしたい。

6月のオーストラリアロケでは、移動中鼓膜が破裂するかというくらい気圧の変化に耳が激しく痛かった苦い経験に学び、前日かかりつけの耳鼻咽喉科で鼻から耳の通路に空気を流し、通りをよくしてもらった。調べたところによると、風邪っぴきであった場合、つまり鼻づまりのままに飛行機に乗ると「航空性中耳炎」になりやすく、なるほど確かにロケ中は突発的に咳き込む風邪を引いていた。耳と鼻とは細く短い管でつながっているから、鼻の換気がよくないと気圧の変化に鼓膜の調整がしずらくなる、ということらしい。

「別段耳も鼻も悪くはないが明日飛行機に乗るので」と来院の旨を伝え、「ではやっておきましょう」ということで鼻から管を入れられ、耳には別の管を差し込み、なにか機械的なものからエアーをプシュープシューと幾度か送り込まれる貫通治療を施されたのだが、「あれ? なんか通りが悪いな」とつぶやかれたうえに、エアーを送り込む機械的なものを止めたあと「飛行機は乗っちゃダメです」だの「確実に耳が痛くなる」とも予言されてしまい、安心のための治療がむしろ不安を呼び覚ます逆効果となってしまった。

飛び立って高度を徐々にあげていく間は何度かツーンと鼓膜が張り詰め、思いっきりツバを飲み込んだり海に潜るときの耳抜きをしたりして、どうにかこうにか耳の激痛は回避されたが、ここで安心してうっかり眠るわけにはいかないのだ。そのまま熟睡をし、飛行機が着陸の準備にかかり高度を下げはじめても、寝入ったままだと私は耳抜きも、ましてやゴクリとツバを飲み込むことさえできないからだ。寝てはならない。だったらなにか1時間半の空白を埋める適切な過ごし方はないものか。

音楽を聴くのは、イヤホンがどうも鼓膜の圧迫を助長しているようだから嫌だ。どうでもいいバラエティー番組でも観て時間をつぶすのはどうかと思ったが、国内線のすべてがそうかどうかは知らないが、モニターのサービスがない。
となれば...やはり本か、ここは本だな、本しかないのだな。しかし混み入った類いの小説はダメだ。途中で眠くなることも考えられるし、逆に集中しすぎると中断されるのが嫌だ。お気楽に読める本、そしていつ何時でもバタンと中断できる本、今の私にはそれだ、それしかない。
だから私はまさに時間つぶしにうってつけな、新書本サイズの分厚い本「電気グルーヴのメロン牧場—花嫁は死神 5 」を一冊携帯したのだった。

それはかれこれ17年にも及ぶ、ロッキング・オン・ジャパン誌上に連載をつづけている石野卓球とピエール瀧、連載当初は脱退前のまりんという電気グルーヴのメンバーと編集部のものたちとのあまりにもどうでもいいバカバカしい語り下ろしをまとめたもので、この単行本はトイレで気軽に読める「便所本」をコンセプトとしており、まさに1時間半のひまつぶしにもってこいだったし、ドンピシャなタイミングでアマゾンからちょうど最近刊行された最新刊が届いたところだったのだ。

「オレこないだウ○コもらしちゃってさー」といった、徹底的などうでもいい二人の雑談ぶりはさすがに17年も続くと名人芸の域に達している。下ネタ一筋17年。( 一筋ではないが ) なにごとも続けることが肝要だ。1刊や2刊の頃と比べるとずいぶん下ネタ頻度も落ちてきてはいるが、話のどうでもよさ具合は相変わらずなので、どこで本を閉じようとも「雑談の途中だけど、またあとで聞かせてください」くらいのカジュアルな付き合いの出来る、一切の後腐れがない本なのだ。
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機は高度をあげる上昇飛行から安定した高度を保つ水平飛行になっておよそ10分程度で「まもなく当機は着陸に向け高度を下げてまいります」ときた。それでも到着まで1時間弱はあろうか。
本好きでありながらも、じーっとひとっ所で長い時間を読書することの苦手な私は、集中力の継続は30分が限度だ。
一旦本を閉じてひとつ欠伸をしながら大きく背伸びをし、辺りを見回してみた。羽田から飛び立って30分強、ぼちぼち眠り出す人が頻出する中、12C席の私の斜め前、つまり11Dに座る女性が、自分のイヤホンを耳にしつつ、ひたぶるに本と向き合っている。
まだ20代と思われるうら若き女性が、いまどき活字好きなら電子書籍もあろうものを、嵩張る本を持ち歩き、それを機内で寸暇を惜しむように読んでいる姿が私には奇特に思えた。私が本好きだからこそ、余計に気になってしまう。彼女は一体なにを読んでいるんだろう。

本はずいぶんと安っぽい感じのザラついた紙質で、1ページに上下2段組み、その下段のその下には少し文字が小さめな注釈のようなものが添えられいるようだ。新書サイズでずいぶんと分厚く、不審者に思われない程度に覗き込み辛うじて視認できた文章が、
一同「 (笑) 」
って、おいそりゃ私の持っている「電気グルーヴのメロン牧場—花嫁は死神」と同じじゃないかい。

そりゃまあ電気グルーヴだ、ファンも多かろうし、本だってずいぶんと多くの読者を得ていよう。だからって、こんなにも近くに、「電気グルーヴのメロン牧場—花嫁は死神 5 」を「おおよそ1時間半のフライトを最適に埋めてくれる本」、きっとそう考えたに違いない同志がいようとはね!

「おや、おんなじですね」だなんて展開にはもちろんならない。奇異な偶然は偶然のままに話はここで唐突に終わるのだが、「ロケはつらいよ。北海道篇」は、もう少しだけつづくのだ。次回をお愉しみに。

by wtaiken | 2014-11-13 23:44 | ああ、監督人生  | Comments(0)

裏紙センセーション   

今年も例年に違わずあっという間の一年であったなあと、2ヵ月綴りのカレンダーのめくるべき最後の一枚をめくってしみじみと思ったものだが、そのめくり終えたカレンダーの、もはや不要となってしまった裏面がまっさらな白紙を見ると、子供の頃、好きだった絵を描いていたのはきまって新聞に折り込まれた緑や黄、水などなど色とりどりの薄っぺらな印刷されていない裏紙にばかり、そういった不要紙を有効利用してきた貧乏性が50になった今でもひょっこり顔を覗かせて、つまりはなにも印刷されてない裏にはなにかを書き込まれなければ容易に捨てられないというこの性分は、確かかなり以前にもこのブログに報告済みであるはずだが、近頃の各企業、各担当者らの努力によって、以前に比べると無駄のない両面印刷プリント資料が幾分か増えたものの、それでもひと仕事終えるとたっぷり "使える裏紙" が手元に残ることになり、そんな紙の山が床からデスクの天板までの約60㎝にようよう届こうかという、そろそろ看過できないところまでA4の裏紙が満ちてきてしまっていたのだった。

これら白紙の裏面を仕事に有効利用するという行為は、ともすると守秘義務に抵触してしまうおそれがあるし、とあるA社の会議にカバンからとり出した自分用出力書類の裏側に、以前手がけたライバル会社B社のオリエン資料が記されている、なんてことも容易に起こりうる事態だ。だから家から持ち出すプリントにはなるべくこういった裏紙は使わないようにしている。だから使い道はたとえば自宅での確認用に、企画書や台本の稿を改める度マメに出力する程度にとどめる。あるいは仕事に限らず、今日買物をしなければならない品目など生活に関わるメモ書きに使ったりしたが、もはやこうしたまっとうな使い方をしていたのでは一向埒があかない、紙は減らない。

企画考案中であるならば、「ううーん」なんて悩んでいるオノマトペひとつ書いただけでその一枚を用済みとしてしまう。新しく買ったペンの試し書きに線を一本引く、たったそれだけのことでその紙はもう使い切ったことにしようじゃないか。爪を切る足の下敷きにし、切りとられた爪のカケラとともにまるめてポイだ。どうだろうか、なんだか裏紙御大尽にでもなった気分みたいじゃないか。いや待て、これでは資源の有効利用のつもりが、とんだ紙の無駄遣いみたいなことになってしまっているぞ。
しかしちぎっては捨てるように裏面白紙を乱雑に扱ってみたところで、それでも紙の山は目に見えて減っていかない。この程度の消費では日々量産される片面プリント紙には太刀打ちできないのだから、「もったいない活動」の実行もなかなか大変だ。

それにしても紙山を改めて見たれば、下層部の紙などはかなり以前のプリントであろう経年変化で煤けて変色をし、あるいは四隅が乱雑に折れ曲がってしまっている。これら痛んだ(?)裏紙にプリントをしたところでただただ見ずらいだけだし、出力中のプリンター紙づまりの原因にもなったりするから、この際「やっぱりどうしても裏面白紙のまま捨てるに忍びないとっておく紙」と「もういい加減見切りをつけ裏面白紙のまま捨ててしまうべき紙」とに仕分けをし、一気に処分してしまうことにしたのだった。

自ら立案したCMの企画に改めて見入り、いわゆる "引っ越し時の古新聞" のごとき片付けにならなくなってしまう状態には一切陥らなかったけれど、ここに驚愕のとんでもないプリント紙を発掘してしまい、せっかくのことだからブログに早速発表してみようかというのが本日の眼目なのだ、"せっかくのことだから" というのも意味不明だが。

まずはスキャンした画像をご覧いただきたい。10年前とは言わないまでも、7.8年は確実に過ぎているであろう以前確かに手がけた仕事なので、ここではあえて企業名は伏せずにお見せしようと思う。私がこの仕事にたずさわったことがここに公表されることでなにか支障を来すとは思えないし、企業名が明確である方が "とんでもなさ" がよりリアルに伝わるだろう。

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いかがだろうか。もしかしたら同じ業界の人でなければこの一日の余裕もなく詰め込まれたスケジュールの異常っぷりは伝わらないのかもしれない。
「毎日仕事があって当たり前。土日が仕事でつぶれることもさのみ珍しいことではない」などと言われてしまってはこれをアップロードまでした甲斐がないというものだが、もしかしたら大方の人がそう思われるかもしれない。
これがとんでもなく濃厚なスケジュールであることを、この業界に明るくない方々にうまく伝えられないのはもどかしい限りだが、どうにか少しだけでも大変さを補足的に説明してみようかと思う。

果たしてこれが何年何月のことなのかはもはや確認しようがないのだが、とある年のとある月末29日から翌月いっぱい、おおよそ1ヵ月分の、自分のためだけの確認用にタイプアップしたスケジュール表である。
ちなみに31日から翌月4日までつづくキリンの撮影とは、首が異常に長いことで知られアフリカに生息している動物のキリンを撮影したのではないと一応はおことわりしておこう。

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※ これが首が異常に長いことで知られアフリカに生息している動物のキリンだ。

その動物ではないキリンの5日間におよぶ撮影が終わったかに思われた翌日には同じ案件のロケハンが組まれているという不自然さは、スケジュールを下った12.13日に再びキリンの撮影が再開されることで納得できる。そのためだったロケハンが5日、翌6日には5日間撮影分OKテイク出しを休む暇なく行い、次の日今度は別案件ダイエーの撮影、仮編集、本編とMA(マルチオーディオ・レコーディングの略で、ナレーションと音楽、SEという音全般のすべてがダビングされて、基本的にはここに映像は完成することになる)を立て続けて行っている。翌10日、ついに3案件目全薬の実制作がスタート。11日の(予)とは、天気予備日のことで、つまりここから全薬工業の撮影がロケーションであったことがわかるが、果たして10日が晴れたのか曇ったのか、天気予備日を使ったのか使わなかったのかは今や知る由もない。さて12日には再び首が異常に長いことで知られる動物のキリンではないキリンの撮影が2日再開され、首が異常に長いことで知られる動物のキリンではないキリンの撮影終わりに間髪入れず編集までその日のうちに行っている。書いているだけでもう目が回りそうだ。その翌日には首が異常に長いことで知られる動物のキリンではないキリンにその映像を試写し、その試写終わりで3案件目全薬の仮編集がスタート、2日の仮編集の後には試写を敢行、そして全薬の本編集が2日あったのち、首が異常に長いことで知られる動物のキリンではないキリンの編集を2日で仕上げ、21日には3案件目全薬の仕上げMAを終えて、残る案件首が異常に長いことで知られる動物のキリンではないキリンのMAが、突然ぽっかり8日間空いて行われている。…と、説明のつもりがこっちまでなにがなにやらわやくちゃだ。

この月撮影日数は10日間もあり、それだけならまだしも、3案件の仮編集、編集、MAをこなしている。つまり3つの仕事をキワキワのスケジューリングでなんとかやりくりをし、わずか一月の間にすべてまとめて仕上げてしまっているのだから、一歩間違えばこれら3つの案件が総崩れになりかねない、異例でありかつ異常な事態であったと、さすがにこれを見たときは片付けの作業は一時中断せざるをえなかったものだ。

通常であるならば、淡々と手帳に記しているだろうスケジュールを、改めてこうして一月間を一覧しないことには自分でも数日先がどうなっているのかよくわからなくなっているプチパニック状態がこのプリントからは伺い知れる。

それにしても、と思う。これは果たして本当に自分がリアルにこなした一ヵ月のスケジュールなのだろうか。
「こんなに過密なスケジュールだったらいいのにな」たとえばこんな精神状態は自分になかったか。
いやこれがもし私の思い描いた妄想スケジュール表であったちとしたら、むしろそっちの方が異常である。

ごっそり紙は処分した。嵩はいま床から13cmである。

by wtaiken | 2013-11-04 16:49 | ああ、監督人生  | Comments(0)

目が回るとはこのことなり   

8月に入って、那須塩原一泊、戻って翌日くまモンに迎えられながら熊本阿蘇に一泊、移動して新大阪一泊、京都綾部に一泊という、ニッポン列島縦断ロケから戻ってすかさずオフライン編集、さらに同時期に動いているいくつかの案件の打ち合わせが連日あって、地下鉄で座れた日にゃまあよく眠れる眠れる。「帰省ラッシュがピークに」なんてニュースで見て、ああお盆休みだったんだ世の中は...と改めて知ったり。
そんなわけで仕事以外ほとんどなにもできない、育児さえも...という今日この頃。今晩なんざ夕ご飯も抜いてしまったという、本当には回っちゃいないけど"目が回る忙しさ"ってのは、なんとなくこのことなのかもな、と思ったり。

おかけで「一日一映画」と取り決めた年初の誓いも、8月に入ってからはわずかに5本きりしか観られない惨憺たる現況。ちなみに本日までに一日に一本映画を観ているとすると、通算228本を観ていなければならない計算になるわけだが、これまでの"一日一本"どころか2本3本観る日もあったりした先行数値がものを言い、8月の体たらくさえもものともしない、なんと265本今年はすでに観ているので、いまのところこの忙しさにも「そのうちゆっくり何本でも観れるさ」と実のところ余裕のテイなのであった。
ただし公開されてもいまだ観に行けない「パシフィック・リム」も気になるところだし、なによりユーロスペース空前の売上だったと聞くイングマール・ベルイマンのリバイバル3本前売券を買ったはいいものの、結局「処女の泉」一本きりしか観れず、本日が楽日だというのにどうやら無理で、2枚の券が無駄になってしまった、というよりは劇場で「第七の封印」と「野いちご」を観られなかったことが悔しい限りだ。残念だ。奇跡的に仕事がはかどって、せめて11時からの「野いちご」は行けないもんかと淡い期待を抱きたくなるほど、傑作の一つと言われる「処女の泉」は最高でした。

そんなわけでサマームービーは公開日にいま喫煙シーンがどうのこうのと不毛な話題が取りざたされている「風立ちぬ」を7月に観たっきり。その感想はいずれ。
「マン・オブ・スティール」公開の31日までには、この忙しさもなんとか少しばかりの余裕と落ち着きが戻るといいのだけれど。

「マン・オブ・スティール」といえばクリストファー・ノーラン監督の新作SF「インターステラー」が撮入というオフィシャルな発表があり、そのノーラン作連続登板のアン・ハサウェイの肖像権クリアなHOTTOYS製フィギュア、セリーナ・"キャットウーマン"カイルが5月発売予定から2ヵ月経ってようやく先7月末、映画公開から待つこと1カ年後に我が家に到着し、香港で先行発売されたユーザーレビューの「マスクを外した状態の顔が、誰?ってくらい似ていない」というネガティヴ評価が気になっていたんだれど、ボックスを開けてみればぜんぜんそんなこともなく、マスクを装着すればまごうことなき「ダークナイト・ライジング」のキャットウーマンそのもの。これだけ似ている量産品をつくれるHOTTOYSはやっぱスゲーや、と感心しつつもやっぱりどこか物足りない。すでに年初に購入済みのベインの出来があまりにも良すぎたこともあって、もうチトなんとかならんものかという不満も正直少々。とはいえこれ以上をメーカーに求めるのは酷というもの、だったらあとは買ったものの責務ですとばかりに、カスタマイズに着手。忙しい忙しいといいながらも、そんな時間はちゃっかり設けているのだから言ってることに信用ならない感じでしょうが、まあいういきり立たずにどうか。だってだってさー、カスタマイズにかけた時間なんざほんの数時間程度なんだから。ちなみにこれもいずれ写真付きでご報告いたしますが、顔のメイクに手を加え、首の短さが気になったので長くし、さらに胸、胴回り、腰、内外太ももなどのボリューム感をアップさせ、と何度かスーツを着脱させているうちチャックが破損してしまい、致し方なくボディースーツの補修は思わぬ誤算...などが主なカスタマイズポイント。肉付けは軽量パテを使い、その乾き待ちに一晩はおいたものの、作業には手も時間もかけていない。一時期「犬神家の一族」フィギュアづくりに没頭していたのは数年前の当ブログでご報告済みだが、そのときの経験がものを言っている。果たして出来や如何に。見る人が見れば微妙なラインの差に気づくはずの製品版とカスタマイズの比較は、これもまたいずれ。

そんなわけであれこれ書きたいことが山積みですが、ぼちぼちやっていきますので「長ーい目でひとつ」by小松政夫 ヨロシクお願いします。でわ。

by wtaiken | 2013-08-16 03:45 | ああ、監督人生  | Comments(0)

コンテ作業終了!   

昨晩から延々と、たまの休みを入れつつのカット割り&コンテ描きでべったりパソコンに貼り付いていたので、いきおいこまごまとツイッターのように更新してみましたが、今日のところはこれにて仕事を終えて、更新もこれまで! パソコンから離れます。でわでわ。

by wtaiken | 2012-02-29 20:39 | ああ、監督人生  | Comments(0)

しょぼくれ人生   

コンテをバシバシきって、パソコンにとりこんで、書類に貼っての繰り返し。
まだたったの数時間程度のことだけど、根をつめるから疲れるよね。パソコンのライトが明るすぎたせいか、目がしょぼしょぼです。相当目には負担をかけているなといつも思う。また一段と乱視が進んだ気がする。

by wtaiken | 2012-02-29 16:04 | ああ、監督人生  | Comments(0)

今日は閏日   

閏日があると仕事的には一日のことだけど助かるわ。朝一旦仕事にキリをつけて寝て、今からまたコンテ作業に入ろうかというところだけど、東京まだ雪降っちょります。だいぶ積もってもきたしね。って、今日はツイッター的更新です。

by wtaiken | 2012-02-29 11:17 | ああ、監督人生  | Comments(0)

雪じゃ雪じゃ   

徹夜仕事の比較的多い身なので、未明に雪が降り出したりすると新聞配達の兄ちゃんたちよりも一歩抜きん出て、こうして結構早くに雪景色を目撃することになります。こんこと降り出しましたよ、積もるのかなあ。ツイッターかよ。

by wtaiken | 2012-02-29 03:59 | ああ、監督人生  | Comments(0)

毎度毎度の。   

「ダークナイトトリビア」が書きかけのまま放置され、しばらく記事が更新されないこの状況は当ブログでは毎度毎度のことだから改めて説明することもなかろうが、古くからの馴染みでない訪問者にしてみたら「どしたここの管理者は!?」と心配してくれるならまだしも、「ダメだね、こんなにやる気のないブログは!」と愛想つかされてしまうかもしれないことを考えると一応は休載のワケの一言くらいあってもいいように思われ、先週金曜日にちょろっととはいえ更新しているというここ最近のマメさからすると余計にこの沈黙は長めにも感じ、そんなこんなで今こうしてキーを叩いているのだったが、つまり端的に言い訳すると

「仕事が大変に忙しい」からに他ならない。

今現在具体的に動いている仕事のクライアントはたったの2社に過ぎないが、本年度末つまり3月末までに仕上げなければならないVPの本数が都合11本にもなるというのだから、そりゃのんびりブログの更新をしている場合ではないことはご理解いただけるかと思う。しかもその11本には、単純なヴァージョン違いはひとつもないというのだから抱えている自分でも改めてビックリだ。果たしてやり遂げられるのかと問われれば、「受けたからにはそれをやるのがプロなのです」などとカッコつけて答えてみたりなんかしてな。

VPは、15秒30秒がメインのCMより総尺数が長いことから通称"長もの"と呼ばれていて、一昔前だと20分30分は当たり前だったものだが、最近はさすがに"長けりゃいい"といった昭和の高度経済成長期におけるエールチョコレート的「でっかいことはいいことだ」志向の名残がようやくに失せて、たいがいは5分未満にまとめる方向にシフトしている。用途によっては20分オーバーの、試写を2回すると単純計算で40分もかかってしまい、そのうえ"ここはどうだろうか、少しずつ止めながらワンカットずつ検証していきませんか"なんてクライアントが言い始めたら最後、延々試写で3時間コースの打ち合わせになってしまうという大変クタクタに疲れる仕事もまだまだ存在していて、それが先月関わっていた仕事だったんだけど、それはそれでまた別の機会に。
今進行中の仕事はどれも3分程度のもの、とはいえの11本だ。
もともと8本は決まっていたところへプラス3本の演出をオファーしてきたのも同じプロデューサーだったので、便宜を図ってくれてその上乗せ3本分のシナリオについては今専門のライターさんがせっせと書いてくれているはずだ。その間の、たとえば今晩から明日にかけ6本の絵コンテを切らなければならないのが今おかれている私の状況なのだから、そりゃブログ書いてる場合ではないのだった。

それでも眠りもするし、食事もとるし、こうして息抜きもするし、レンタルした映画なんかも観ちゃったりする。なんだかんだいって忙しくないときとほぼ同じことをしているのだが、ついでにちょろっと本屋へも行ったりしちゃたりなんかしてね。
このところ小学館クリエイティブを主にして、マニア垂涎の、古本市場ではとんでもない高値で取引されていたような稀覯本をさまざまな出版社がつぎつぎ復刻してくれていて、石ノ森章太郎の「劇画家畜人ヤプー」も数年前に復刻版が出版され、作画はシュガー佐藤が引き継いだ第三章がつい先だって出たようなので、それを買い求めに打ち合わせ帰りの神保町に立ち寄ったのだったが、図らずも平積みされていた「ダークナイト ライジング」が表紙を飾る日本の雑誌、「映画秘宝」に続く第二号の「CUT」をGETっす!
スキャナーの都合上ちょっと右手側が欠けてますが。ダークナイト単独表紙ではなく、竜虎のスパイダーマンと半分半分。
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「映画秘宝」の、表紙にしたくせに愛の欠片もない小記事と違って、ずいぶん読み応えのある特集記事になっています。スチルを含めた8ページ。ちなみに蜘蛛男も同量。
そこでは、去年の11月だったかに敢行されたウォール街での正義と悪が激突する大モブシーンの撮影潜入ルポから、ノーラン監督、クリスチャン・ベール、トム・ハーディのインタビューを基にした記事を掲載。そうであろうよそうであろうよと納得の、バットマンビィランの中でも超マイナーに分類されるベインをあえて完結篇の重要な悪役にもってきた、そしてそれをリドラーにはしなかった、ノーラン監督のしっかとした理由が読めます。
またアン・ハサウェイとジョセフをほめちぎるベールのインタビューも。いいぞロッキング・オン! 公開前には大特集も頼む!

そんなわけで、興味のある方は「CUT」3月号を、買うなり、立ち読むなりご随意に。


おまけ

そろそろなんかしらアクションがあっていい頃なんだけどの「ダークナイト ライジング」。そういやこのキャットウーマンスパイショットは掲載してなかったなあと。いまさらなんですが。未だオフィシャルなキャットウーマン画像がたったの一枚きりなので、ちょっと業を煮やして載っけてみるかという感じです。
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いいね!

by wtaiken | 2012-02-29 03:38 | ああ、監督人生  | Comments(0)

果たして大変お世話になりましたのか?   

春の京都三条大橋から出発し日本海側へと抜けて北上しつつ、視聴者から寄せられたハガキをもとに心の中に残る風景を自転車で尋ねるという、週に4日走らせての10週間、すなわち40日間かけて北海道へと向かったNHK-BSプレミアムの旅番組「にっぽん縦断こころ旅」が、今度は秋の兵庫県から下って再び40日をかけ鹿児島県の南端を目指している、今その旅の途上にあるのが、若い頃には稀代の女ったらしで鳴らした火野正平で、とにかくこの番組が面白いのは、自転車の受ける風を感じながら、決して観光地では見られないだろう素朴で朴訥な日本の景色をたくさん見ることができることと、さらにそれに輪をかけ私を魅了するのは、あるものに言わせれば女ばかりか男もコロリといってしまう、つまり”人ったらし”火野正平の、土地土地の人たちとはかるコミュニケーションや、まるで子供のように無邪気な素行の楽しさだ。
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目的地に到着すると「とうちゃこー!」と叫び、なにか意外なものに出くわした時には「こんなん出ましたけど…」とつぶやき、のぼり坂を走っているときには「がんばれ、正チャン!」と自らを励まし、道端のたんぽぽの綿帽子を「がじゃーがじゃー」などと奇声を発しては手でめちゃめちゃにかきまわし迷惑なくらい種を宙空に飛ばすなどなど挙げればキリのない奔放な発言や行動は、30年以上も前のテレビドラマ、山崎努、藤田まことを双頭にして丁々発止のアドリブ合戦が下手なコメディーなんかよりも数段笑える、ともすると悪ノリが過ぎて、本来ならば弱者らの復讐のドラマのはずがまるで緊張感に欠けるといった批判をコアなファンから受けたりしながらも、それでもシリーズの最高傑作として揺るぎない「新・必殺仕置人」における”情報屋正八”のキャラそのままに思えてしまうのだ。
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左右の端っこにいるのは殺しの元締めとその用心棒。残るメンバーの左から藤田まこと、山崎努、中村嘉葎雄に、かわいらしさ炸裂の若き火野正平。それにここには写っていない中尾ミエを含めた「仲良し5人組(劇中のセリフより)」のアンサンブル演技はシリーズ中でも白眉。

いつまで経っても見慣れない今のスキンヘッドもニット帽を被ってしまえば若々しく、まるで昔の火野正平、というかまさにその「正八が帰ってきたー!」といった感覚で、記念すべき春の旅、第一回目の京都ではちょっと寄り道して太秦撮影所を尋ね、いかにも小うるさそうな職人気質の大ベテランスタッフたちに大歓迎されるといったくだりでは、誰にでも愛されてしまう火野正平という人物がしのばれた、あの頃の必殺シリーズファンにとってはとてもうれしいシーンだった。

おそらく大絶賛オンエア中のはずの秋の旅はまだまだこれからも続くので、火野正平の愛嬌ある人柄に触れるのもよし、また旅への郷愁をかき立てられるのもよし、是非ご覧いただきたい番組なわけなのだが、ここまで長々書いておいて、実は今日は火野正平のことを書きたかったわけではないのだ。

その「新・必殺仕置人」あたりの頃の、前髪を下ろしていた若き日の火野正平を彷彿とさせるのが、「ゴールデンスランバー」でのキルオや、同じ中村義洋監督の「アヒルと鴨のコインロッカー」が印象的だった濱田岳で、顔つきもさることながら、あの何をしても憎めない、そして母性本能をくすぐりそうなキャラクターは、実のところ火野正平の隠し子なんじゃねーかと思えるほどよく似ていて、今のジャニーズ御用達番組と化していなければ、是非とも新しい必殺仕事人シリーズの情報屋として出演してもらいたいものだが、今日はその濱田岳のことを語りたいわけでもない。
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これが火野正平のレコードジャケット写真で
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そしてこれが濱田岳。似てるー

そんな濱田岳を経由するとやっぱり同じく「火野正平種」に属するだろう、たとえば火野正平を父として、濱田岳を”ちょっとやんちゃな弟”とするならば、なかなかしっかりしたお兄ちゃん的な感じのする、つまり今日話したかったのは、そんな浅利陽介についてなのだった。
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酒ばっかくらっている親父に、
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やんちゃ盛りの弟と
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学校の成績も抜群の、しっかりものの兄。
この3人に、血の流れを感じてしまうのは私だけか?


前々から火野正平と濱田岳に似てることで注目してなんとなく気になる役者だったし、出演しているドラマを観たことはほとんどないと思うが、顔立ちからいい感じのキャラクターの持ち主なんじゃないかと勝手に想像し、密かに応援している浅利陽介の所属している事務所の方から、思いもかけず先日突然メールが届いた。

このブログでは「会田犬」という、なにか「秋田犬」と勘違いされそうな名前を私は通しているが、もちろんメールの宛先には私の本名が書かれてい、本文をかいつまめば浅利陽介出演舞台の案内に添えて、挨拶にはこんなことが書かれていたから二度ビックリしてしまった。
「その節は、浅利陽介が大変お世話になりました」


私はドラマ業界に一切関わりはないが、映像の仕事のついているからにはどこかで会っているのかもしれないけれど、わざわざメールをいただくほどの”その節”とは一体どの節だったのか。一体どれくらい”大変”な、そしてどんな”お世話”を私がしたのか。まったく記憶にかけらもないのだ。
テレビのこちら側から一方的に応援はしているさ、けど大変なお世話など、この私が一体いつしたというんだ。

たしかに某ケータイ会社のウェブ用映像では、毎回100人ほどのモデル、タレントのたまごたちのオーディションをしているし、その中には、前出の「ゴールデンスランバー」でこれも脇ながらいい味を出しまくっていた運送会社のロックな先輩役渋川清彦もいたりした。とってもいい感じだったけど、個性的すぎてそのケータイ会社のイメージにはそぐわないということで泣く泣く落選だったけど、オーディションですらこうして覚えているということは、「大変お世話になりました」とお礼をいただけるほどの関わりを持ちつつもお世話したはずの当の私が忘れてしまうというのは、一体全体どうしたことだ。加齢による記憶障害では片付くまい。

私の中には私の知らないもう一人の私がいて、私の知らないうちに私の知らない仕事をしっかり受注し、私の知らない曜日にどこかの知らない撮影スタジオで、私の知らないマネージャーと名刺交換をし、テレビで見知る浅利陽介へは演出と演者の関係以上の、ひとかたならぬ、けれどもそれがどういった類いのものなのか私のまったく知らないお世話をして、のちのちメールで公演の案内をいただいき、今こうして途方に暮れているとでもいうのだろうか。なんとも不気味だ。

ちなみに浅利陽介出演の舞台「往転-オウテン」は、シアタートラムって知らない劇場で昨日よりはじまってます。
どら、観に行って、真相でも確かめてみるか。
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なぜか一切の関わりもないくせにチラシまで勝手に載せるという「往転-オウテン」の宣伝になってしまったな、今日の記事は...。

by wtaiken | 2011-11-07 17:10 | ああ、監督人生  | Comments(2)

プロフェッショナル 仕事の流儀   

”仕事の流儀”というほどのことではないが、私は議事録を欠かさないようにしている。よく「頭の中にメモってます」なんて小賢しいことを言う人がいるが、あれはダメだ。あとで「思い出す」なんて頼りにならない。その場でしっかと文字にすることで、より明確に、この仕事でなにが求められているかを把握することにもなるし、後々ただ茫漠と宙空を見つめ考えを巡らすよりも、議事録のメモを凝視することで意識が集中される。タイプ打ちされた他人の文章より、自分の言葉で書き直された文字や文章の方が、より思いつきの手がかりになることも多いのだ。
しかしそれらのメモは、キレイに書きまとめられて誰かに見せるものではない。あくまで自分専用なので、自分でわかる程度の省略がなされている。

たとえば代理店から、あるいはプロダクション側でまとめられたオリエンシートを基にして会議が進行する。オリエンシートには、仕事で求められるおおよその要素が洗い出され端的にまとめられてはいるものの、会議参加者から発せられる補足情報に、書類からは抜け落ちてしまっている重要な文言があったりする。それら気になるワードや企画立案のきっかけを与えてくれそうな単語を書き加える。言ったそのままを文章にして書き残す速記の技術のひとつも身につけていれば問題はなかったが、なにせ目の前の会議はどんどんと進行している。メモが追いつかないからって「あの、すいませんが、次の発言ちょい待ちで」とは言えない。だから簡潔に省略された短い文章が、もしくは単語が、オリエンシートの余白に所狭しといい加減な字で書きなぐられている。
あるいは私から提出された企画書を基に会議ではあれこれ意見が百出する。次の企画提出のために必要な要素を発言の中から抽出して書き残す。さらにその場で思いついたアイディアの一端を単語として記しておく。矢印や二重丸やアンダーラインのつけられた単語が、私の企画書の隙間にびっしり書き込まれたりする。
単語、なぐり書き、記号の数々。おそらく他人から見れば、一体何のことやら理解不能なメモがこうして残される。

そして書類を持ち帰り、自宅で仕事に取りかかる。改めて目を通す。
自分で書いておきながら、自分でもなんのことだかわからない。ビックリすることがよくあるのだ。

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マイケル・ジャクソンとは、なんだ。
いやもちろんマイケル・ジャクソンのことは人並みに知っているつもりだが、これが一体どういう思いつきで書かれたのか、この単語がどんな企画をもたらすのか、自分の発想の経緯が判然としないのだ。
昨日の未明、自分で書いたマイケル・ジャクソンの文字を前に、私は呆然としてしまった。

慌てて書いたがために文字が文字の態をなしていなくて判読不可能な場合もあるが、これはしっかりと読めるだけに、会議の最中自分がなにを考えていたのかわからないから厄介だ。
四角い枠で囲まれているから、きっと私はとても重要な要素としてマイケル・ジャクソンのことを会議中に思いついたのに違いない。が、このなぐり書きの「マイケル・ジャクソン」は私になにものももたらしてはくれないうえ、あの「ポー!」という奇声ばかりが頭の中でこだまして、仕事もなにもあったもんじゃないのだ。ああ、いまいましいマイケル・ジャクソンめ。

自分さえわかればいいはずのメモが、省略のせいで自分にさえもわからなくなってしまう緊急事態。
そんなとき私は一体どう対処するのか。

無視。無視するに限る。すっぱり見切りをつける。知らねーよ、マイケル・ジャクソンなんて。うじうじ考えても仕方ないし、立ち止まっている余裕もない。私に考える時間はそう多くは残されていないのだ。

もちろんこれは書類の一部であって、この画像の上下左右には、公開できないこの仕事についての明瞭かつ重要な文章や単語が並んでいる。なんの仕事についてなのかを知らない端から見れば、ここまで一切触れていなかった「マイケル・ジャクソン」のその下の「ケンタウロス」や「ウナギイヌ」のメモにしたって同様に謎の単語にしか見えなかろうが、この2つについては昨日の企画提出時に、ひとつは雑談の一貫として、ひとつは企画の一案として実を結んでいる。

それにしても「マイケル・ジャクソン」と「ケンタウロス」と「ウナギイヌ」が頭の中を乱舞する会議。そして議事録の一部が解明不可能ときては、まったくどんな仕事の流儀なんだという話だ。

by wtaiken | 2010-08-27 08:10 | ああ、監督人生  | Comments(0)