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週間寸評   

人は寸評を加える。
ものを食べては「まずいな、」と一刀両断にし、ものを観ては「つまんねーの、」とバッサリと切り捨て、ものを触っては「やわらかいじゃないか、」と感嘆したりする。人が人であるがための感情を捨て去らない限り、寸評は止むことがない。今日も誰かがなにものかを寸評し、また寸評したものすら何者かから寸評し返されたりする、この世は寸評社会だ。
もし仮に、その寸評に"名人"と目される人があったなら、寸評名人とは、おそらくものの本質を端的に見抜く眼力を持ち合わせていることにもなろう。
ともすると私は何事も顔に似てクドくなりがちで、例えば寸評を加えるつもりのところがただの批評となってしまうことが度々だ。長々とくだくだしく評していては、今のスピード社会では生き残れない。私の、社会に生き残るための戦いが今はじまる。批評なんぞしていてはダメだ、加えるならば寸評を! サクッと誉めたり、ズバッと切る。せめて400字詰め原稿用紙の半分くらいでどうだ。
ということで、なにかを寸評する第一回目である。ただし「週間」であるかは、定かではない。


[ドラマ部門/セーラー服と機関銃]
今期各局のドラマは、新進気鋭の若手女優連ドラ初主演が目を引く。2年ほども前ならば考えられないキャスティングだ。旬を取り入れることを常とされる広告業界に生きている私としては、今更藤原紀香クラスの連ドラは無視しても、花を盛りの女優主演となれば話は別だ。そのいくつかを観なくてはならないだろう。
さて開始前のメディアでは、満を持しての長澤まさみドラマ初主演「セーラー服と機関銃」がダントツに群を抜いて話題をさらっていたようだ。ここ数年のめざましい躍進ぶりと破竹の勢いある長澤まさみを起用し、薬師丸博子世代のおやじたちをも視聴層に取り込もうとする制作者サイドの思惑は見え透いてはいたが、凡百のラヴ・ストーリーにではなく、非常に企画色の強い作品を初主演作にしたところはまず評価したい。
そしてこの「企画色の強い」というところが、実はこのドラマの肝なのであって、「女子高生」と「任侠、仁義、義侠心」→「機関銃」といった、おおよそかけ離れた二つの世界の邂逅は、「ミシンと蝙蝠傘の手術台のうえの不意の出逢い」ほどシュールではないにしろ現実でありえないわけだが、だからこそ魅力的な組み合わせなのであり、この希薄になったと思われがちな人情やら義侠の世界を如何に今の時代に甦らせるのか、ここには今日的な視座と脚本および演出上の技巧が大いに必要であったはずだ。
ところが第一回目の、長澤まさみ演ずる主人公の星泉が直面する父の突然の死から目高組組長襲名に勢い名乗りあげてしまうまでの描写があまりにも平板でありかつ性急とも思われ、その感情の流れがよく見えなかったし、理解できなかった。これはドラマにとって致命的だったと思う。一体なぜ平凡な一人の女子高生がやくざの道に足を踏み入れなければならなかったか。現実世界でなら「ひょんなことでうっかり」と意外な事態が起こり得ても、ドラマであるからには動機がしっかり描かれなければならないはずで、そこが丹念に描かれてこそ、その先の任侠も仁義も義侠心も生まれるのではないか。この動機が描かれるはずの第一話が曖昧なうちに、あれよあれよと「行きがかり上そうなってしまいました」という描写では先が見えたも同然で、続く第二話における「組員のためにならストリップも辞さない」という星泉の覚悟にはあ然とするほかなかった。もはやこの問題は、赤川次郎の原作ではどう描かれているかはどうでもよく、ドラマ化する以上は、制作者ならびにシナリオライターが、今の切り取りで「なぜ少女はそうしたか」についてを真剣に取り組むべきであったろうと私は思う。思い切って原作から逸脱するくらいの気概がなければ、今この物語を創る意義はなかったのではないか。
ちょくちょく見せる笑いを狙った演出も、長澤まさみへの演出も、すべてが優等生が教科書通りになぞった演出術にしか見えず、ある一定の水準からはみ出てこないうえに今の視点がまったく見受けられないから、登場人物たちも物語も一向魅力的に見えてこない。今に無理が生じるなら、いっそ人情が生きていた頃の、今流行りの昭和30年代あたりを時代設定にすることもできたろうし、いづれにしても取り組み方が中途半端だ。
目高組の組員たちのキャスティングも、もう少し旬であるノっている芸達者な役者で脇を固めていれば、少しは画面が活き活きしていたかもしれない。
よって二回目放送をもって視聴断念。


[ドラマ部門/鉄板少女アカネ]
さてもうひとり、同じTBSで連ドラ初主演の堀北真希である。第一回目を午前中の再放送枠で視聴。んー、これはかつてなら「刑事犬カール」をやっていた7時半からの30分枠とか、「トミーとマツ」あたりの8時台のドラマなのでは、と思った。9時台の、しかもかつてはお父さんメイン視聴のドラマだった枠にしては、あまりにも低年齢設定の内容に思え、とくに鉄板焼きの時に繰り出す技のような映像ギミックがあまりにも稚拙で、堀北真希にしてもなんかとても納得してやっているようには見えず、あれでは不憫だ。ここでも陣内孝則らが繰り出すギャグは空回りをし、「池袋ウエストゲートパーク」や「木更津キャッツアイ」を生んだTBSがどうしたことかと言いたい。そんなわけで第一回目とて最後まで観ることができず途中視聴断念。


[ドラマ部門/のだめカンタービレ]
去年公開の映画、三木聡監督「亀は意外と速く泳ぐ」(←おもしろいよ)で、そのコメディアンヌっぷりは私の中で非常に評価の高かった上野樹里であったが、だからといってその初主演を期待していたわけでもなかったし、なんか月9というブランドを敬遠気味だったりで、とくに観るつもりもなかったところ、ちょうど「HEY!HEY!HEY!」を録画したまま切り忘れて偶然残された第一回目を「なんだ録れているじゃないか」程度に観たのだった。これがうかつにも大笑いしてしまったのだ。
いわゆるこれが、「期待せずに観たから」効果ではない証に、二回目以降毎週期待しながら観ても存分に楽しませてくれるエンターティメントとなっており、次から次へと狙ったところで狙い通りに笑わされてしまう、おそらく最近では珍しいほどのしっかり創られたコメディーなのだ。
まず、ラブコメの原作マンガを、キチンと映像化しているところがいい。例えば、殴りとばす、はり倒す、蹴りあげるといったマンガによくあるオーバーな動きを、映像に可変処理(あるアクションの映像を倍速にし、途中からスピードを元に戻したりする。これにより動きに極端なメリハリがつく)することで、忠実に再現してくれている。昨日の第四回目においてこの真剣にバカに取り組む姿勢は加速をし、架空の「プリごろ太 宇宙の友情大冒険」なるアニメまでちゃんと創り、炬燵が宇宙空間に漂うCGまで創るといった、もはや映画並(と、映画を最上のものとするのもどうかと思うが)の凝りようなのである。
第一回目こそ、スローモーションの使い方およびその画面構成、空想シーンの挿入させ方およびその映像ギミックが、あまりにも中島哲也(CMディレクターで映画「下妻物語」「嫌われ松子の一生」などの監督)演出技法の模倣と見て取れたが、これがリスペクトととれなくもないし、こなれていたし、なにせ笑わされてしまったことで、よしとしてしまおう。
この制作者側の意向に見事応えて健闘する役者陣の中で、意外なスキルを見せたのが、世界的なコンダクターとしての資質がありながら飛行機が怖くて留学できない音大学生の千秋真一演ずる玉木宏だ。まさにラブコメの王子様がそのまま現れたかのようなキメキャラを保ちつつ、しっかりとギャグにも対応している演技は、これまでをあまり知らなかったから「めっけもの!」といった感じ。主役の"のだめ"こと野田恵を差し置いて、その千秋目線で描かれているホンもすんなりと物語へ誘引してくれる。(モノローグの玉木宏の声がなかなかよい)
主役でありながらも千秋の成長をサポートする側に回るのだめ演じる上野樹里もまた、フジ伝統の月9主演のプレッシャーなどどこ吹く風の快い疾走っぷりで、一途なラブラブ千秋先輩ラブラブバカキャラと猫背の天才ピアニストっぷりの両極面を見事に役作りしている。
しかも脇役の、例えば落ちこぼれオーケストラを仕切る瑛太やアフロでオカマの小出恵介も一様に魅力的に描かれ、二人に限らず端役に至るまで目配りがされてい、さらに出番こそ少ないが伊武雅刀や珍しく腹黒いところの一切ない善人を演じている西村雅彦、さらにこの手の学生サクセスストーリー(「ウォーターボーイズ」「ピンポン」「スウィングガールズ」)にはなぜか不可欠の竹中直人らベテラン勢の名アシストもあって、いづれも登場人物がみなそれぞれのキャラクターを活き活きと愉しげに演じているふうが伝わってくるドラマなのだ。
毎回クラシックの名曲にまつわるエピソードと、千秋の心の成長ぶりが絡まり合って、音楽の高まりとともにカタルシスが用意される。
ここ数年、連ドラを見続ける習慣が私にはなかったし、最近のドラマ事情にもまったく暗いくせにあえて断言するならば、これは傑作ドラマである。毎週月曜夜9時にはテレビの前でスタンバイOK状態の私です。今からでも遅くない、万民よ観たまえ。


[ショーケン部門/拝啓、父上様]
来年1月スタートのフジのドラマ。正式に発表があったようで、舞台は江戸情緒の残る神楽坂、主役の二宮和也が板前見習い、父親に向けて手紙を書く、倉本聰の人情喜劇と続けば、40くらい人には言うまでもないショーケン1号主演の大ヒットドラマ「前略、おふくろ様」のまさに現代版ドラマなんだそうだ。八千草薫や梅宮辰夫ら「前略...」メンバーも出演。ここは、なんといっても倉本聰が久しぶりに本腰でコメディーを書く気になったことがうれしいし、本気を出せば君塚もクドカンもぶっ飛ぶくらいの台本を期待したい。とんねるずの「火の用心」はつまんなかったからねえ。
さて、先日「傷天」復活にともないあちこちとネットを検索している中で、このドラマに実はショーケンが出るという噂が流れていたのだ。今日の正式発表にはまだショーケンの名前は見受けられないが、起死回生を思うショーケンが師と仰ぐ倉本聰を頼るのは、おおいにありうる話である。以前もショーケンは大麻事件で逮捕されたあとの芸能活動再開時にも、第一作目ではなかったが、「ガラスの知恵の輪」と「君は海を見たか」という倉本聰脚本ドラマに連続主演している経緯もある。昨年の恐喝事件のこともあり、今年の一年は謹慎とし、追加のキャスティングで年開けに発表されるのでは、と予測する。話が主役二宮の父親探しもあるそうだから、ドラマ後半から登場するその父親役がショーケン。今度は子から手紙を書かれる側に回るわけだ。人物的には、あまりセリフが多くなく、いうなれば「北の国から」で宮沢りえの故室田日出男が演じた父親のような、一見強面、寡黙なのだが人情味があり、不器用で朴訥なところが可笑しい、なーんて役どころなんじゃないかと、勝手に想像している。
となると来年は「傷だらけの天使」リメイクに、アンチ「傷天」で倉本聰が書いた「前略、おふくろ様」の姉妹編へ両極端に出演することになるショーケン。これが1号の頃であったならと、ホントつくづく思う。
そして再来年には「影武者」リメイクに出演し、もう一回180度回ってもとのショーケンに戻る。いやそんなこたーないな。
倉本聰のホンに期待。



「寸評のつもりで読みはじめたら、またこれだよ」
そんな声が聞こえそうだ。やっぱ長いじゃん。無念、寸評ならず。しかもドラマに終始。もっと幅広く、次回こそはきっと何事かを、目指せ寸評!

by wtaiken | 2006-11-07 15:54 | 週間寸評 | Comments(4)