狡猾な小男   

"年忘れ"と称し師走の深夜番組は、新旧の名作駄作入れ混じって映画オンパレードとなるものだが、昨年末、小池朝男アフレコによる『刑事コロンボ』を久しぶりに何本か観ることができた。
90年代になって復活した新シリーズは、小池朝男鬼籍のため石田太郎が後任を勤めてい、氏の低音はどうもピーター・フォークの顔と不釣り合いに思え、私には馴染めず大いに不満であったのだ。そのうえNHKで放映された旧作までをも、あろうことか石田太郎にすべて録音し直されすり替えられてしまい、そうなると、たとえ再放送がされていても観る気がしなかった私にとって、小池朝男のアフレコは、やはりコロンボはこの人をおいて他にはあり得ないと思うほど適役で、なにより格段に演技がうまかった。年末のテレビで観られたのはわずかに3本ほどであったろうか、それがとても懐かしくもあり、コロンボの推理もすっかり忘れていたから虚を突かれたりなんかして、あれやこれやもっと観たくなったのだった。

さのみ広くもない近所のTSUTAYAに、旧シリーズ『刑事コロンボ 完全版』なるDVD全23巻が取りそろえてあったのはもっけの幸いで、うれしいことに小池朝男のアフレコ版がしっかり収録されているのだ。こうして年明けの、例年になく多忙であった仕事と仕事の合間、一気呵成に『刑事コロンボ』全45話を通して観たのだった。

これは改めて解説を加えるまでもないが、『刑事コロンボ』の特色は、ドラマ冒頭から視聴者に犯人を提示しまうという、いわば推理ものとしては逆転の発想による構造を用いたことで、これはバカあたりした『古畑任三郎』もはばからず踏襲している。推理ものにありがちな、余計な疑わしき人物をあちこち配置する必要がまったくないため、極端に言えば物語の登場人物を犯罪者とコロンボのみに絞ってしまうことも可能で、このミニマムな構造が視聴者にとって非常に観やすい利点であったりする。
如何にコロンボは犯罪者のミスに着眼し、詰め将棋のように逃げの手を塞ぎ、落としていくのか。まさに犯罪者とコロンボの、暴力一切無しの一騎打ちとなるこのシリーズは、犯罪が綿密であればあるほど最後の推理にカタルシスを得られるわけで、だから少なからずコロンボは窮地に立たされたりする。この確たる物証の乏しい苦戦を強いられてしまう場合、ではコロンボは如何に事件に立ち向かうのか。カタルシスを待つ視聴者に、ここでコロンボはとんでもない暴挙に打ってでるのだった。

逃げる。もういいですわ、と解決しない。職務を放り走り去るラストシーンにビックリはするものの、ドラマ自体も崩壊するそんな暴挙はさすがにしない。
拝み倒し。泣きの一手に打って出る。後生だから犯人だって白状して、お願い。これもない。
だったらどんな暴挙なのか。
ダマすのである。犯人に罠を仕掛けるのである。そして自爆へとし向ける。
ここで改めて気づかされるのはコロンボの刑事としてのしたたかさで、どうにも挙げられない場合は犯人を罠にかけ自白に追い込んでいく手口を使うわけで、これをあえて"暴挙"とするのは(ネタバレを避けてなんのエピソードかは明言しないが)、つまり物的証拠の捏造すらしてしまうからなのだ。まずいのではないか。そしてずるいではないか。さらにそりゃないではないか、なのだ。
如何にもダメそうな外見とは裏腹に、秘めたるものは「どんな手だろうと犯人を逮捕してみせる」といった、実に狡猾な刑事であるのだコロンボは。
なるほどこうして考えてみると、声質のマッチングもさることながら、生涯悪役の多かった小池朝男をアフレコに配したことがよくわかる。犯人逮捕のためならば、偽証偽造も辞さない。ある意味それは、自らの責任問題を賭して検挙してみせるといった、プロ中のプロであるという気概であり、またプライドであるといえなくもないが。
この手の、コロンボの術中にはまり、さしたる物証もないのに犯人が落ちてしまう回がシリーズ中結構あって、これを痛快とみるか、推理にもの足りなさを感じるかは判断のわかれるところであろう。
とはいえやはり完全と思われた犯罪から、図らずも残された糸口を手繰り、見事に物証を得て解決されることがこの手の推理ドラマでは王道であろうし、なにせ観ていて胸がすくというものだ。
よって、ラストの意外性と見事に落ちる解決こそがこのドラマの白眉であるという選定基準で、なんでもベスト10の『刑事コロンボ』編である。"うるさい小男"近田春夫編に続き"小男"シリーズ第二弾だ。
※解説ではなるべくネタバレしないよう留意したつもり。

第一位『忘れられたスター』(『刑事コロンボ完全版vol.16』収録)
なんて前置きしつつ、実は第一位で選んだこのエピソードは、ラストにおける推理のキレと物証に驚きは少ない。しかしそれをカバーして余りある出来にしているのは、脚本のすばらしさ。これがよくできた本なのだ。最後の最後、元ミュージカルスターの犯人をかばう、元コンビの男優(アステアとロジャースがイメージ?)とコロンボの息詰まる会話。それまでの細かい伏線と、なぜ犠牲者は殺されなければならなかったか、そのすべてが腑に落ちるコロンボの推察による事実。日本人好みな義侠心と、シリーズ中この回のみ見せる刑事コロンボが選択する粋な解決策といい、申し分がない出来。若き日の映画をウットリ見続ける老女優のラストショットには、老いることの残酷さが切なく、思わず少しばかり涙した私です。映画化も舞台化も可能な本! 感服したダントツの一位。

第二位『二枚のドガの絵』(『刑事コロンボ完全版vol.3』収録)
物証のとりかたが見事。それに対しまだ屈しない犯人にコロンボが見せるラストシーンに思わず、「よ!」と声をかけたくなりますよ。やっぱりコロンボが狡猾ならば、対する犯人もよっぽど頭が切れるかずるくなくっちゃね。ストップモーションがかっこいいスカーッとした見事な終わり方。これこそ『刑事コロンボ』らしいエピソードでありましょうな。

第三位『悪の温室』(『刑事コロンボ完全版vol.6』収録)
まったく観た記憶がないエピソード。だから推理も意外で、これも物証をコロンボがどこからとるかが肝。私はもちろん迂闊にもその伏線に気づきませんでしたよ。「おおー! なるほどねえ!」と声を挙げてしまった。やるなあコロンボはよ!

第四位『野望の果て』(『刑事コロンボ完全版vol.10』収録)
これはオチまで憶えてました。物証は物証なんだけど、それを掴んだところで性急に逮捕しないところが、頭がいいというか、犯人のまったくの言い逃れできないところまで時を待つコロンボ。実に狡猾です。

第五位『ロンドンの傘』(『刑事コロンボ完全版vol.7』収録)
ロンドンというアウェイで奮闘するコロンボの姿が全編をそこはかとなくコメディーにしている。だからこそ、そりゃやっちゃまずいでしょ、という解決のラストもコロンボの茶目気で許してしまうのだが、本来反則である。が、それが予想外でもあって面白いので、まああんまり目くじらを立てずに愉しむべき一本。

第六位『別れのワイン』(『刑事コロンボ完全版vol.10』収録)
ファンの間では名作と誉れの高いエピソード。狡猾なコロンボの手口にまんまと引っかかる犯人。感心したのは、コロンボが物証をどのタイミングで掴み得たか。「あ、なるほどね」と腑に落ちて、まるで最後まで気づかなかったよ、迂闊にも。

第七位『溶ける糸』(『刑事コロンボ完全版vol.8』収録)
『スター・トレック』のミスター・スポックが犯人。ラストギリギリまで物証が掴めないコロンボ。ちょっとスリリングな展開が見ものです。
「あなたが私を犯人だと立証するのは無理だ」と挑発を受けたコロンボが、手にした花瓶(だったか?)を机に叩きつけ、「絶対お前を逮捕してやる!」なんてシリーズ中唯一、コロンボが犯人に対し思わず声を荒げるシーンがある。プライドの高さを垣間見させるシーンだ。

第八位『5時30分の目撃者』(『刑事コロンボ完全版vol.16』収録)
さて、ラストで思わず「ううむ...」と唸らされるのも、上位七位まで。証人を逆手に取った推理で、なるほどね、とは思うものの、さすがに歓声が上がるまでには至らない。

第九位『死の方程式』(『刑事コロンボ完全版vol.4』収録)
第十位『権力の墓穴』(『刑事コロンボ完全版vol.13』収録)
スッパリキレのある推理もないし、確たる物証ないかわりに、だまし討ちの、狡猾なコロンボの罠を観るべきエピソードとして。

と、まあ10本選んでみましたが、観るべきは三位まで。これらはほんとによく出来ていて、二位三位のコロンボの解決には見事やられます。


さて今日は最後に珍しくクイズ。
『殺しの序曲』というエピソードで、コロンボが受けるIQを計るクイズなんだけど、ま、暇時につらつら考えてみて。
ちなみにこのクイズに対しコロンボは「いやあ、うちのカミサンが見事解いてくれましてねぇ」なんて言うのだが、これに限らずコロンボがカミサンを引き合いに出す場合の多くは、犯人を油断させるか、自らの頭の良さを隠す手口なのである。まったく狡猾な小男だよ。

Q .
金貨入った袋がたくさんある。(袋に入った金貨の枚数は一定とする)
この中に、すべてニセ金貨が入っている袋がある。
では測りを一度だけ用いて、ニセの金貨の袋を当てよ。
仮に金貨は一枚10グラムとし、ニセ金貨は11グラムとする。
成功を祈る。

by wtaiken | 2006-06-17 08:29 | なんでもベスト10

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