観ちゃ、ダメ! ゼッタイ!
2014年 06月 29日
まだ現在進行中の案件なので、全体像のわからないスチルになってしまいますが、スチル左手前でガラケーで写メをとらえんとしている、金田一耕助みたいな帽子を被っているのが私です。
と、まあ一時期の忙しさに比べるとずいぶんといまは余裕のある毎日を送っている私なのですが、忙しかろうとそうでなかろうと、とにかく観たい映画は是非劇場で観ておきたい私としては、大概は公開日かもしくはその近辺でどうにか万障繰り合わせ観ることにしている。
私のとある映画を観たい欲求はおおむね公開日をピークに、そこを逃した途端たちまちにして「まあそのうち暇な時にでも観ればいいさ」とクールダウンをし、さらにしばらくすると「DVDスルーでいいんじゃないか」とすっかり冷めきってしまう傾向にあるからで、そんな事情で今年DVDスルーの格下げにあった映画は数知れず、最近ではケイト・ブランシェットにオスカーをもたらしたウディ・アレンの「ブルージャスミン」、「ブラック・スワン」という傑作をものし次回作をかなり期待していたはずのダーレン・アロノフスキー「ノア 約束の舟」などなど枚挙に暇がない。
そんなわけでうまい具合に都合がついて、公開日に無事視聴が叶った最近の映画の、今日は劇評でもしようかと。
「X-MEN : フューチャー & パスト」
世の評価と違って、前作「X-MEN : ファースト・ジェネレーション」の私の評価は " 駄作 " 。
なにがどうだめだったかの詳しいレビューは以前書いたので繰り返さないが、一言で言うと「映画をなめたような演出は嫌い」。
さらにこういった映画でのツッコミはしはじめるとキリがないから本来はしないところだが、これもひとつだけ言うと「マグニートの磁力を操る範囲と容量は一体どれくらいという設定なのか」という点。場所場所であまりにも曖昧で都合良く設定を変えてしまうところに観る気が失せてしまった。
で、新しいキャストによる若き日のミュータントたちの戦いを描くはずの新シリーズ第二弾の今作、「スーパーマン・リターズ」監督のため前X-MENシリーズの三作目を降板したブライアン・シンガーが復活、というので正直かなり期待してました。旧シリーズのキャストも大挙出演するし、予告篇の出来もまあよかったしね。Yahoo!映画のレビューもいい点数がついてますし。
さて、で、私の感想はといえば、「もうダメだな、このシリーズは」でした。
そもそも前シリーズはなかったことになっているのか、そこらへんを曖昧にしたままのはじまりがまず気に入らない。旧キャストを復活させたとなれば、それは前シリーズと地続きと考えるのが当然だと思うんだけど、だったら1973年からミュータント狩りを開始したらしい脅威のロボットセンチネルてのは、前シリーズではどこでなにをしていたんた、という矛盾。
まあそれをひとまず深く考えずに思考の外においたとしよう、それにしてもだ、人間を守るはずのロボットが暴走をし人間をも滅ぼす存在となってしまう、そもそもの歴史が狂いはじめたのが、1973年のとある日であり、それはセンチネル開発のロボット工学博士を射殺したミスティークの一発の銃弾がきっかけなのだ、みたいな、だからその日にタイムスリップをし ( 意識のみのタイムスリップだけど... ) 、ミスティークの暴挙を阻止せいウルヴァリン、みたいなことをいきなり冒頭で話しちゃう、そこから2時間つづくんだろう物語の根幹をすべてネタバラししてしまう台本の、一体どこが「面白い」というのか。
案の定、物語は、三転どころか二転すらすることなく、その冒頭のプロフェッサーの指示通りに話が進むという、さるでもわかる単純な展開ぶり。
さらに余計なツッコミは入れたくないところをこれだけは言いたいのが「人のDNAを活性してしまうロボットってなによそれ」だ。
( ネタバレごめん! ) センチネルは「変幻自在に姿カタチを変えられる」というミスティークのDNAが埋め込まれることで、自らの意志を持ち、そもそも人間からミュータントが派生するのならば人間自身を滅ぼせばいい、そんなミュータントをひとつに結束させるための終末世界を現出させるご都合主義な悪役設定もまたSFとはいえ首を傾げしまうのだ。
これが原作のコミックにある物語なのかどうなのかは知らないが、「...ファースト・ジェネレーション」時より数段あがったジェニファー・ローレンスバリューで、どうにか興行収入の倍増を目論みたい製作陣の思惑がありありな設定に思えてしまう。
ならばその物語の重要なファクターにまで格上げされた " ミスティーク " ジェニファー・ローレンスはどうだったのかといえば、残念ながら、今作でも、アクションおよびセクシーさにおいて、前キャストレベッカ・ローミンには敵わなかったなあと思う。
旧キャストも十分に見せ場のないまま、わかりきった「滅亡は阻止された」という終わり方、終始予定調和に進行する単調なストーリーでは、一体どこにどうワクワクハラハラしたらいいのか、どうせタイムスリップを描くなら、思いもかけない結末くらいのどんでん返しはつくるべきで、たとえば一度過去へ行った事で未来がまたとんでもない方向へ進んでしまう「バック・トゥ・ザ・フューチャー2」だったり、近作のタイムスリップの傑作「ルーパー」のように、未来を変えるために自らの命を絶つ自己犠牲の結末だったり...。
旧キャストのサイクロプスとジーン復活シーンが、旧トリロジー 1 . 2 作、つまりブライアン・シンガー監督によるX-MENが好きだった私的にはちょっとウルウルだったことと、まるで009の加速装置みたいなミュータント、クイック・シルバーが大活躍する "厨房シーン"、わずかこの数分間だけは非常に満足しました。ここだけでも観る価値はあるかも。
おまけ、といってはなんですが、同様に映像関係に従事しつつも畑違いな私が提案する、「X-MEN : フューチャー & パスト」はこうあるべきだった、です。
<オープニング>
ときは1963年。「...ファースト・ジェネレーション」の1年後。
ケネディー大統領暗殺のニュース映像をタイトルバックに。
致命傷とされる3発目の銃弾がケネディーの頭部を撃ち抜く刹那、その一瞬の超ハイスピード映像。微速度で逆回転。弾の軌道が異常な曲線を描いていることがわかる。
映像はさらにそれを見守る群衆の一部を拡大していく。と、群衆の隙間から、その弾へ向けかざしている手をとらえる。マグニートの手であることが暗示され、キューバ危機以降、ここでも実はミュータントが歴史に大きく関わっている事がわかる、そんなオープニングタイトルが暗転で終わる。
→ 映画では、一切の映像は使われず、厳重警戒のプラスチック製牢獄から救出されたマグニートとそれを助けたプロフェーサーとの会話のみで済まされてしまうケネディー暗殺事件。
暗殺に関わったものとして拘束されてしまうマグニートが、実は、銃弾を大統領から回避させるために力をつかったというオチがつくのだが、「ミュータントはこれまで歴史の大きな事件に深く関わってきていた」という裏世界史的な視点をもつはずだった新シリーズとしては、かなり重要なファクターだったはず。
なんだか二作目にして、すっかりその主眼もなにもあったもんじゃないタイムスリップものになってしまったが、それでもこうしてケネティー暗殺事件を活かす手だてはあったんじゃないかと。
なにより、「マグニートがケネディー暗殺事件の主犯?」というミステリーは、十分に物語の牽引となるはず。
門外漢がいうのもなんだけど、こういう " 引き " が導入部にはないと、とつくづく思うが。
導入部
物語の開始は1973年から。
ーと、つづきはまた明日。明日も撮影です、スタジオですが。
by wtaiken | 2014-06-29 19:19