いまさらながらのBlu-ray版批評   

小林信彦著「映画が目にしみる 増補完全版」(文春文庫) にこんな文章がある。
「家族が「天国と地獄」(一九六三年)を見るというので、初めの方を、ほんの五分ほどのぞくつもりでいたら、いっきに物語にまき込まれた。」※『黒澤明の「天国と地獄」を再々見して』2002・9・13 より抜粋

映画通で知られ、評価の厳しい小林信彦が、このコラムのタイトルが示す通り、何度目かの視聴であるにも関わらず "いっきに物語にまき込まれ" てしまうというのだから、この映画はやっぱり凄いんだよなーと再認識させられたのであった。
ちなみにこのコラムの締めくくりに、「酔いどれ天使」のラストにあった感動がこの映画にはなく、それが「天国と地獄」の限界だとも評しているが。

私は、若い日の、お金がなく、デートする相手もなく、時間ばかりが悠久にあるかのような休日には、決まってクロサワ映画を観ていたものだ。 "再々見" どころの話ではない。
そして観るたびに新しい発見があった。もちろん見飽きることなんてなかったし、いつでも新鮮に楽しめたのだ。まさに私にとっての娯楽の頂点に君臨するもの、それがクロサワ映画だったのだ。

とはいえさすがに齢を重ね、結婚もし、人生の限りをしみじみと感じはじめる歳にもなると、そうそう同じ映画ばかり観ているわけにはいかなくなる。もっとたくさんの、まだ観ぬ傑作に出逢うために、私の残された映画視聴の時間は費やされなければならない…などという大層な決意によるものではなく、ありていに言えばさすがに見飽きてしまったのだ、すべてのクロサワ映画を。

だから満を持して2003年に発売された、撮り下ろし製作ドキュメンタリーを特典映像とする豪奢な赤い化粧箱入DVDも、買ったのはわずかに4作品のみ、見飽きたといえどもキレイな映像ならもう一度くらいは観ておきたいクロサワ映画の一本に、この「天国と地獄」は含まれていたのだ。

そして、いま、どうしても一本だけクロサワ映画を観なければならなくなったら、それは人類の映画史に燦然と輝く「七人の侍」ではなく、瑞々しいデビュー作の「姿三四郎」でもなく、ましてや「野良犬」でも「酔いどれ天使」でも「用心棒」でも、そして「赤ひげ」でもなく、きっとこの「天国と地獄」を選ぶだろうと私は思うのだ。

…いやいやまてまて、 "観なければならない" じゃないな、こりゃ。観たくなった、久しぶりに。いや、観るぞ、すぐにでも。さっそく観てやろうじゃないか。
いやはやこうなると矢も縦もたまらない。いますぐだ。もう是が非でも、どうにも観たくて仕方なくなってしまったのだった、「天国と地獄」を。

といった次第で、私は「天国と地獄」を久しぶりに観ることにしたのだったが、しかしここで慌ててはいけない。せっかく久しぶりにクロサワ映画が観たくなっているのだ、ここはこれまでの記憶をぶっちぎりで刷新するくらいより鮮明で目が覚めるようなキレイな映像で改めて観たいと思うのは、デジタル社会に生きるものとしては当然の欲求というべきだろう。わざわざ30年も前に録った3倍モードのVHSテープを引っ張り出し、エアチェックした当時をしみじみと偲びながら劣悪な画像を観ることもなかろう。
さらに購入済みのDVDソフトよりも一段と映像がキレイに再現されているというのならば、この一回の視聴のためだけに買い替えも辞さない覚悟で、そういえば数年前にはようやく発売されていたBlu-ray版をAmazon.co.jpで検索し、参考になるものもあればまるでちんぷんかんぷんなものも散見される悲喜交々のレビューをいくつか読んでみたところ、作品自体の評価は揺るぎない盤石ではあっても、もっとも知りたい画質についてが賛否両論で、「細部までくっきり」と高評価されている反面、一部購入者からは「最悪」だの「DVD画質と変わらない」といった芳しくないの評価もあり、となるとこれは自らの眼で確認する他ないのだろうが、だからといってすでに持っているDVD版とさして変わらぬ画質のソフトをもう一枚購入するほど潤沢にお小遣いがあるわけではない。私の残されたお小遣いは、まだ観ぬ傑作に出逢うために費やされなければならないのだから。

観たい、でもBlu-ray購入は一か八かの賭けだ、しかし気持ちとしてはもう一刻の猶予もならない、ええいいっそ持っているDVD版で手を打つか、そんな諦めかけた私の眼に飛び込んできたのが「クライテリオン・コレクション」とされた北米版「HIGH AND LOW」、すなわち海外版「天国と地獄」のBlu-rayであった。

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まずジャケットがイカしているじゃないか。私の特に好きなカット、それまで権藤邸をあっちからこっちからと捉えた引き画が中心だったところに、突如かかってくる誘拐犯からの電話、「なに、私の子をさらった!」と声を荒げる権藤演じる三船の手に持つ受話器に悲痛な表情で駆け寄り耳を寄せる香川京子、その二人のクローズアップがはじめて挿入される鳥肌もののカットに波紋のような銃器の照準のようなアートワークときた。
なぜかBlu-rayのブルーを誤釈でもしたかのような青い安っぽいプラスティックケースに包まれた国内版の見飽きたジャケットとは比べ物にならないカッコ良さだ。しかもレビューによると「国内版は持っていないので、比較出来ません。」という断り書きのもと、画質・音質ともに大絶賛なのだ。
「日本国内用リージョンコード2のDVDプレイヤーでは再生できません」とされている北米のリージョンコード違いも、Blu-ray対応のパソコンおよび国内メーカーのBlu-rayプレイヤーでちゃんと観られました、というリージョン1の別作品レビューを信じ、さらに聞きかじりによるとクライテリオンは映画ファンなら知っていて当然の信用できるDVDメーカーなのだそうで、だったらここは国内版よりクライテリオン版に賭けてみることにしたのだった。

実は信用してもよさそうな画質・音質についてのレビューのほかに、購入する決め手がひとつあった。それが特典映像なのだ。
驚いたことに、国内版のBlu-rayには、DVDに収録されていた特典映像、作品毎の製作ドキュメンタリー「創ると云う事は素晴らしい!」が、版権の問題なのか、まったく含まれていない。国内版の音質・画質以上に、それに対するバッシングもまた相当なものなのだったが、このクライテリオン版には同然のごとくそれが収録されているうえさらに驚くのは、これまで黒澤追悼番組であっても顔出しでは一切語ってこなかった山崎努のインタビューと「徹子の部屋」に1981年に出演した三船敏郎の回も含まれているという、ちょっと国内版では考えられない驚愕の特典映像ラインナップなのだ。ジャケットと特典映像、もうこれだけでパソコンのマウスをポチっとするのに十分であったのだ。

とそんなわけで、北米版「天国と地獄」の、主に画質についてと特典についてのレビューへと続くのだが、つまりレビューを書くということは、リージョン1のコード違いもなんのその、無事国内Blu-rayプレイヤーで視聴可能ということなのですね。


クライテリオン版「天国と地獄」

まず驚くのは、半世紀も前の映画とは思えない、フィルムノイズの目立たない東宝マークと黒地に白文字の「東宝株式会社 黒沢プロダクション作品」クレジットの鮮明さだ。さらには横浜の高台から望遠レンズでとらえた細部まで鮮やかに甦る1963年 (撮影は前年の1962年かな?) 当時の港町横浜の俯瞰を背景にした、墨痕鮮やかなメインタイトルとスタッフ・キャストロール、とここまでですでに「これはDVDとは明らかに違う」と確信してしまうほどキレイな映像なのだ。

物語は、権藤邸リビングにおける三船演じる権藤とナショナルシューズ重役連との対決で幕を開けるのだが、ここでの三船敏郎はアクションシーンでもないくせに、圧倒的なセリフのテンポとちょっとした動作のキレで、画面を一気に制圧する。応戦する3悪重役たちの中では、贔屓の伊藤雄之助のみがかろうじて善戦といったところ。やっぱり当時の三船はすごいやと感心しつつ、その3人が映画前半の主舞台となるこのリビングから退場したところで一旦停止し、すぐさま手持ちのDVDをかけ、今観たBlu-ray画質の記憶を頼りに比較してみたのだが、その差は歴然であった。
なんといっても黒澤映画を支える名脇役たちの表情の鮮明さがまるで違う。画面に映る白い部分、たとえばシャツなどの見え方も、DVD版ではすっかり飛んでしまってディテイルも何もないのだが、Blu-ray版ではしわなどのタッチが認識できるレベルにまで抑えられている。

ここまでで画質の向上ぶりは十分目覚ましいと判断をしたので、以降は逐一比較はしていない。もちろんこれはあくまで国内版同作DVDとの比較なのであり、Blu-ray版とのものではないと明示しておこう。そこには同等の画質が収められているのかもしれないし、あるいは一部批判されていた画質なのかもしれないが、いずれかの判断は今の私にはできない。

ただしクライテリオン版「HIGH AND LOW」の高画質は断然保障できるし、これに端を発して再燃した黒澤ブーム到来に、まだこのクライテリオンからリリースされていない「悪い奴ほどよく眠る」のスリリングな発端、披露宴のシークエンスがどうしても観たくなり、探るような気持ちで国内版Blu-rayを購入・視聴したところ、これが最悪の画質であったことはここに参考程度に記しておきたい。

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なんといっても落胆せられたのは、画面右側の一部がほぼ映画全編に渡って白く感光してい、さらにその部分のピンが甘くなっているところだ。特に画面が暗くなるとハッキリとそれがわかるので、つまりは黒地に白い筆文字の黒澤映画お決まりオープニングタイトルからいきなりガッカリさせられるのだから、少しでも期待した気持ちの始末がつかないまま映画を観続けなければならないのは本当に苦痛であった。この映画が好きなだけに、その落胆も大きい。
これがクライテリオンと、黒澤プロダクション (あるいは東宝?) が保管しているマスターフィルムの差によるものなのか、単にリマスタリングにかける費用と技術の差なのかはわからないが、こんなにも酷い画質の粗悪品を正規リリースし、決して安くない価格設定で販売している販売元の良識を、これでは疑いたくなるというものだ。
もちろん作品毎にその画質に差があるのかもしれないが、私はこの一本だけで、こと黒澤映画に関して国内版Blu-rayは一切買うまいと思ったのは確か。

そんなわけで黒澤映画国内版Blu-rayの話は思い出すだにむかっ腹が立つのでここまでにしておくが、さて気持ちを鎮めるように話をクライテリオン版「天国と地獄」に戻そう。
特典映像について。

なんといってもこれまで特集本や追悼本、そしてさまざまな研究書籍などの文章ではたびたび読んできた山崎努の「天国と地獄」オーディション話が、そもそも他の作品であってもあまり顔出しのインタビューに答えることの極端に少ないご本人出演で、「黒澤さんの眼が本当に優しくってね」なんて語られる、この特典映像だけでも買った甲斐があろうというもの。たった19分の映像だが、これは貴重だ。
逆にちょっとガッカリなのは、1981年に出演された三船敏郎 in 「徹子の部屋」。
海外からリリースされる映画の特典にまずこの番組が入っているという異物感覚が、例のルルル、ルルル、ルールルー♪というオープニング曲が流れるところで頂点に達し、そのうえ提供テロップまでしっかり残されているという、「これほんとに許諾がとれているの?」という思いでさらに頭が混乱をし、しかも30分の番組中に黒澤明および黒澤映画について語られるのがわずかに1分2分程度という、そこにちゃっかり収められていることが謎な特典映像なのだ。その1、2分がしかも「天国と地獄」についての話でもないし。だからこれは過度の期待を込めて観ると、大ケガをするくらい肩すかしなのでご注意いただきたい。

といったわけで、画質・音質ともに上質、しかも国内版からはオミットされたドキュメンタリーのみならず、一部余計と思しきものも含まれつつ特典映像も豊富な、北米版クライテリオン・コレクション「HIGH AND LOW 」、もしこれからはじめて「天国と地獄」を鑑賞するならば、そして久しぶりに観たくなったなら、ゼッタイにオススメします。

なお海外版をネットで購入の場合、通常届くまでに数週間はかかるので、そこはご注意ください。明日観たいからお急ぎ便! なんて使えませんから。



クライテリオン版 「用心棒 」 & 「 椿三十郎」

実のところ、"キレイな画質で是非また観たい黒澤映画" の数本には含まれていなかった「用心棒」も「HIGH AND LOW」に味をしめて、こんなにも鮮やかなら観てみたい、ということでクライテリオン版を早速購入。しかもうれしいことに「椿三十郎」と2 in ボックス仕様。

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ジャケットデザインが、日本のサムライ社会を他国が抱くイメージを具現化したようなデザインになってい、そこがちょっと私個人の気にはいらないが、まあそれはいうまい。って言ってるけどね。
「天国と地獄」のようなサプライズな特典映像はなく、DVD版に収められていた製作ドキュメンタリーのみ収録なのは、ちょっと残念だが、もちろん画質・音質は言うまでもなく最高です。

確か70年代後半だったと記憶するが、黒澤明久々の国内製作映画「影武者」製作発表の直後だったか、にわかに沸き立つクロサワ再見ブームにフジテレビが乗って、旧作を大量に買い付け、テレビでオンエアされるのは史上初となる長期黒澤明映画特集の、その第一弾に選んだのがこの「用心棒」で、当時家庭用録画機器などない、ましてや都会に出て旧作目当ての名画座巡りもままならない高校生だった私がはじめて観た黒澤映画もまたこの時オンエアされた「用心棒」であり、思えばそれはとてもいい出逢いではあったと、今にしてしみじみ思うのだ。

たとえば黒澤映画にありがちな教義的な、説教臭さがこの映画にはほとんどない。なにか道徳の時間的な匂いをクロサワ映画に感じたなら、多感な年代の子どもにしてみたら、拒絶反応があったかもしれない。
そんなよくない例が木下恵介監督作で、同じ頃公開された「衝動殺人 息子よ」を劇場で観、相当嫌気がさし、その後つい先年まで「木下恵介は観なくてよし」なんて固定観念に取り付かれていたくらいだから、やっぱり一番始めはとっても大事だ。
ちなみにここで少し触れたはずだが、木下恵介も去年マイブームがあって、「衝動殺人...」は晩年の凡作に過ぎず、若き日の血気盛んな全盛期の作品群は傑作揃いであった、と一応ここでもフォローしておこう。さて話をクロサワに戻すとー

暴力反対を唱えるべくつくられた「用心棒」が徹底した暴力描写に終始し、少しばかりお涙頂戴シーンもあるにはあるが、総じて全編冷たいくらいのハードボイルドなところも、生意気盛りの年頃の私にはピンと響いた。
黒澤、三船にとっても脂の乗りきった、コンビネーションが最高潮に達した時期であり、とにかく三船三十郎の言うこと、一挙手一投足、そのすべてがキレッキレでカッコいいところも最高だ。

そしてなんといっても白眉なのは、これからとんでもない映画がはじまるぞ感だっふりな佐藤勝のテーマ曲だろう。出会い頭にズドンと射抜かれてしまった感じで、私にとって「用心棒」もクロサワ映画も、なんじゃこの映画音楽は!という驚きに尽きる。
たとえばエンターティメント性や観やすさからすると「椿三十郎」の方がより取っかかりやすい作品であるが、映画として、作品としては「用心棒」の方が圧倒的に上だと思う。

その「椿三十郎」に少しだけ触れると、「用心棒」からは一転、全編を支配するのは "情感" といった実に日本的な描写だ。三十郎と若い侍9人との、そして入江たか子演じる城代家老夫人とのつながり。そして川の流れに椿を流すという大事な設定も実に情感たっぷりだ。そんな日本式情感というものが、「用心棒」は海外で何度かリメイクされる一方、「椿三十郎」がそれを一度もされない起因のようにも思われる。もろちん私はそこがこの映画の好きなところだが。

もしこれからはじめてクロサワ映画に接するなら、そして久しぶりに「用心棒」「椿三十郎」が観たくなったなら、ゼッタイにクライテリオン版をオススメします。

by wtaiken | 2014-06-02 18:02 | Comments(0)

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